高校1年生でまさかのCanCamモデルに抜擢
CanCam創刊40周年を記念して、歴代のOGモデルをクローズアップするスペシャル連載。専属モデル時代から今日までの軌跡を振り返りつつ、今だから話せる撮影裏話やプライベートなお話など、自分らしく輝き続ける彼女たちのリアルなメッセージをお届けします。
第6弾は、CanCamモデル時代に抜群の存在感とクリエイティブな感性で人気を博し、現在は俳優・歌手・タレント・映画監督などマルチに活躍する池田エライザさんが登場! 4週にわたって、エライザさんの軌跡を辿ります♡
エライザさんは、2009年にファッション雑誌『ニコラ』(新潮社)にてモデルデビュー。同誌を卒業した2013年に『CanCam』の専属モデルに抜擢され、2018年までの約5年間在籍。愛され要素たっぷりのかわいらしい表情はもちろん、カジュアルでクールなスタイルも担当し、当時のCanCamの世界観をグッと広げてくれました♡ また、専属モデル時代からTwitterやブログなどインターネットでの発信も精力的に行い、“自己プロデュースの天才”“自撮りの神”として若い世代の憧れ的存在に。他にも、クラウドファンディングで集めた資金でスタイルブックを出版するなど、豊かな感性と旺盛な好奇心であらゆるムーブメントを起こしました。
専属モデル卒業後は、俳優や歌手、タレントと多彩な才能がさらに開花。そんな彼女がこの秋チャレンジしたのは、『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』の人気キャラクター・ドロンジョの全く新しいアナザーストーリー。切なく美しいダークヒロインが、もがき苦しみながらも懸命に生きる主人公・泥川七音を体当たりで演じます。
そんなエライザさんに、女優としてのお話や日頃考えていること、CanCam時代の思い出などについてたっぷりと伺いしました!
CanCamの初撮影はちょっぴり苦い思い出も
CanCamモデルの前は、ティーン誌『ニコラ』の専属モデルとして活躍していたエライザさん。高校1年生で同誌を卒業し、いきなりCanCamの専属モデルに抜擢されたときは戸惑いもあったそう。
ーCanCamモデルになった経緯は?
「ニコラを卒業してすぐ、CanCamのファッションページの撮影に呼んでもらいました。『あの撮影はなんだったのだろう?』と、その後ぼんやり思っていたら、マネージャーさんから『次からはCanCamの専属になります』と言われてビックリ! それまでは中学生向けの雑誌だったので、次は高校生向けのあの雑誌かな〜? なんて勝手に想像をしていて、でもふたを開けたらまさかのCanCam。すごく驚きました」
ー専属が決まったときの率直な感想は?
「私にできるかな…、が率直な気持ちでした。当時のCanCamはザ・赤文字雑誌で、自分の中にCanCamっぽさをまったく見い出せていなかったんです。最初の撮影でクラッチバッグをちゃんと持てなくて怒られたこともあって、『なんかこわーい』って思ったりも(笑)。ニコラではリュックを背負っていたのに、急に『クラッチバッグを上品に持って』と言われても、“品とは何か”なんて考えたこともなかったし、今までと求められる表情も全然違う。大人の世界に突如ポンと入ってしまって、右も左もわからない感じでした」
ーそのとき、落ち込んだりは?
「落ち込んだり凹みはしなくて、『こういう世界もあるんだ、なるほど〜』と思いました。現場が厳しいし怖さも感じていたのですが、同時にモデルのカッコよさや現場のスタッフさんの熱量も感じました」
モデル体型じゃないからこそ似合う服がある
初めてのCanCam撮影では大きなカルチャーショックを受けたというエライザさん。しかし、持ち前の芯の強さと勤勉さ、唯一無二の存在感で、すぐに人気モデルへの仲間入りを果たすことに。表紙を飾ったり、毎月読者アンケートで選ばれる“好きなコーディネートランキング”で1位に輝いたり、読者人気も上昇。エライザさんがまとうのは、“甘すぎないピンク”や“カジュアルな赤”など、かわいいだけじゃない“個性”が光るファッションが多いことも特徴でした。
「私はグラマーなほうなので、体型的にオフィスコーデが似合いづらくて、細いタイプでもないからたまにスカートのファスナーが閉まらない、なんてこともありました。でも、この体型(モデル体型ではない)だから真似してもらえるようなトレンド服とか、個性が活かされるファッションを提案するほうが自分には合っているんじゃないかと思ったんです。
髪の色も、初めはCanCamっぽさを意識してアッシュ系にしていたけど、それじゃ私の肌はくすむから髪色を暗くしてみる、とか、いろいろと模索して。雑誌に自分を合わせにいくというよりは、編集部の皆さんが私にもできること、私だからできることを常に一緒に考えてくれていましたね。『エライザ発信の誌面を作りたい』と言ってもらえることも多くて、撮影によく私物を持参したりもしていました。私、CanCamの革命担当だったと思います(笑)」
“自撮りの神”には実は困っていました(笑)
当時のスタッフいわく、「モデルとしてだけでなく、エライザという人物の魅力や面白さを世に伝えたい」という思いが編集部の皆にはあったそう。そんなスタッフとエライザさんの二人三脚で、数々のセンセーショナルなムーブメントを巻き起こすことに。
そのひとつが“自撮りの神”。もともとは自撮りが苦手だったというエライザさんが、事務所のスタッフから「アプリを入れて練習したら?」と言われたのが自撮りを始めたきっかけだったそう。練習を重ねてSNSにアップした自撮りが「かわいすぎる!」と瞬く間に拡散されて、それがテレビで取り上げられたり、自撮りテクの特集が誌面で組まれたりするほどに。
ー当時の心境はいかがでしたか?
「実は…、かなり困ってました(笑)。自撮りが下手だから練習して、アップしなきゃいけないからアップしていただけなのに、いつの間にか私の肩書きのように“自撮りの神”と呼ばれるようになっていて。それで私のことを知ってくださった方も多いし、もちろんありがたいことなんですけど…『なんでこんな風に取り上げられているのだろう? でも、セルフプロデュースが上手いタイプに見えるのだろうな』って、冷静にその状況を見ていました」
本人のクールな心情とは裏腹に、“自撮りの神”として発信力が強いイメージが定着したエライザさん。18歳の頃には、“高校生編集長”としてモデルブック『@elaiza_ikd』をほぼセルフプロデュースで出版。その資金は、当時ではまだ珍しかったクラウドファンディングで集めたのだそう。
「ずっと制作のお仕事に興味があって、『プロデューサーになりたい!』と言い続けていたら、当時のCanCam編集長がその声を拾いあげてくれて。あまり例のなかったクラウドファンディングに対しては、やはり世間から賛否両論ありましたが、ずっとやりたかった念願の書籍制作だったので、アイデアが止まらなくて楽しかった思い出のほうが大きいです。
ただ、“クラウドファンディングなんてさすがエライザだね!”なんて言われることもあったけど、実はこれも編集部の方が提案してくださったもの。発信力があるというよりも、当時は勢いと『なんか楽しそう!』という気持ちで乗っかっていただけ。若かったので、何か提案をしてもらったときに『やるかやらないかどちらかに決めるなら、やります』と答えていました。やらないという決断に対して、相手が納得できるほど説明する力がなかったというのもありますけど、とにかくがむしゃらに頑張っていたときですね」
冷静な視点を持ちつつも、吹いてきた風を素直に乗りこなし、時代に合った風を吹かせることがサマになっていたエライザさん。赤文字全盛期だったCanCamが、より多彩な“かわいい”を表現できるようになった転機には、エライザさんの存在が何よりも大きかった。
そんなエライザさんが、CanCamの専属モデルの経験を通して得たものは? そして、今の池田エライザになるまでにはどんな経験を経てきたのか? 引き続き、底知れないお芝居へのエネルギーや魅惑的な人物像にも迫ります。次回もお楽しみに♡
★池田エライザ流、「落ち込むことを否定しない」前の向き方|歴代モデルを直撃Vol. 22
★池田エライザ、「女の子を守りたい」という思いが原動力|歴代専属モデルを直撃Vol. 23
10/7(金)放送・配信スタート 毎週金曜午後11:00 ※第1話無料放送(全11話)
1977年に初放送された国民的アニメ『タイムボカンシリーズ ヤッターマン』で、正義の味方であるヤッターマン1号・2号の敵役として知られるドロンジョ。本作では、主人公の泥川七音が、ドロンジョとして悪に手を染めることになるまでの、知られざる過去や生き様を描くダークエンターテインメント作品。キャストは他に、山崎紘菜 矢本悠馬 金子大地 / 高橋和也 古田新太