【トラウデン直美と考えるSDGs連載】外交戦略に取り入れられる「地政学」とは?

地政学を知ると見えてくる、〝平和〟のリアル

今、世界中で注目されている「SDGs」という言葉。これは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の頭文字を合わせたもので、世界193か国が貧困や環境問題の改善を2030年までに達成するために掲げた17の目標のこと。2020年からスタートした連載では、CanCamモデルのトラちゃんことトラウデン直美が「SDGs」について読者の皆さんと考える機会を作っています!

今回は、歴史的に外交戦略に取り入れられてきた「地政学」の観点から、国際平和の見方を教えていただきました。

教えてくれたのは…奥山真司さん/日本における地政学の第一人者 。地政学・戦略学者。国際地政学研究所上席研究員。英国レディング大学大学院で、レーガン政権の核戦略アドバイザーも務めたコリン・グレイ博士に師事。現在は、大学や防衛省の幹部学校で地政学や戦略論を教える。

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■What’s地政学?

「国の地理的な条件をもとに、他国との関係性や国際社会での行動を考える」アプローチ。国々の位置、自然資源、地形などが政治的戦略や外交に果たす役割を分析。世界大戦に影響を与え、グローバル化に伴い再び注目されている。

トラウデン直美/高校時代に環境問題に興味をもって以来、エシカルな生活を模索。『SDGs』関連の取材や発信に力を入れ、情報番組にも出演。『めざまし8』(フジ系)では金曜MC、『news23』(TBS系)では水曜コメンテーターを担当。

世界地図で国を見ると外交のカギは「要所」と「道」

トラ 私の父はドイツ人で、母はアメリカ在住経験がある日本人。毎晩7時のニュースを家族で観ながら、両親が意見を交わす姿を見て育ちました。異文化同士でも話し合って協力できるはずなのに、世界には戦争もある。なぜなんだろう? という素朴な疑問が小学生の頃からあったんです。

奥山 家庭内で国際社会ができていたのですね。トラウデンさんは、大学で地政学を勉強されていたとか?

トラ はい、特に最近は悲しい戦争の報道が続き、平和を考える上で改めて学びたいという思いでお招きしました。

奥山 歴史的に見ると、地政学との結びつきが強いのがドイツ。特に第二次世界大戦で、ナチスがユダヤ人迫害や侵略の正当化に利用しました。SDGsと相反するものですよね。ただ、「地理をベースに各国の動向を分析してマネジメントする」というものの見方は、現代の大国も取り入れています。身近な例として、東京でビジネスを始めたとします。全国展開したいとなったら、次にどの地域に行きますか?

トラ 大阪でしょうか。あとは名古屋、福岡とか?

奥山 ですよね。まずは大都市を狙う。そうやって外に出ていくと、支社周辺の地理的条件や本社と結ぶルートも考えなくてはいけない。注力したいエリアなら、優秀な人材も送り込みます。これは、外交も同じ。今の日本なら、アメリカからシェールガス、中東から石油、ロシアや北朝鮮から魚介が来ている。自分たちが置かれている状況を自国だけでなく、グッと引いた世界地図で見る必要がありますし、大きい国になるほど関わる地域が広がっていきます

トラ ウクライナ危機も、ロシアと経済的つながりがある国が多いことで物資が流れ、制裁が機能しづらいんですね。

■国際的紛争の根本は、ランドパワーとシーパワーの衝突

ユーラシア大陸の中心・ハートランドでは、大陸国家であるランドパワーが支配。一方、リムランドは古くから文明が発達してきた沿岸地帯で、海洋国家のシーパワーによる影響が強い。寒冷で雨量が少ないハートランドは、温暖で豊かなリムランドにたびたび侵攻。人類の歴史上、国際的な大規模紛争の多くがこのエリアで勃発している。

■日本はなぜ独立を守れた?

江戸時代までは海外との衝突がほぼなく、植民地になったこともない日本。地理的な特徴は、海流や季節風に守られた島国で、ヨーロッパから遠い、かつ、自給可能な面積があること。海外から攻めづらく、貿易をしなくても国力を維持できたのが大きな理由だとか。

世界の国々が求めるのは〝自分たちに都合のよい平和〟

トラ 地図で見渡すと、相手国の視点も見えてくる。ニュースを見るときも、世界情勢のとらえ方が変わりそうです。

奥山 地政学を知ると、経済力と軍事力で動く世界の論理が見えてきます。例えば、国際的な紛争の背景にあるのが、海洋国家のシーパワーと大陸国家のランドパワーの対立。シーパワーの代表格がアメリカで、自分たちを大西洋と太平洋に挟まれた島国だと認識しています。

トラ 「陸の大国」だと思いがちですが、地図で見るとたしかに国境の多くが海に面しているとわかります。

奥山 勢力も商売も拡大するには海を越えなければなりませんが、2022年の軍事費は8769億ドル、2位・中国の3倍で、世界シェアの約40%を占めます。この圧倒的な経済力と軍事力をもってアジア・中東・ヨーロッパをマネジメントするため、船で行けるところに軍事拠点=基地を置いています。

トラ 有事があれば、軍隊を派遣して介入できる。海上の通り道を押さえておくのが重要なんですね。

奥山 はい、日本経済にも多大な影響を与えている例が、イラン近くのホルムズ海峡やシンガポール横のマラッカ海峡。ここを通って、30万トン級の石油タンカーが毎日2度、日本に来ています。もし航行が滞ることがあればエネルギー源が足りなくなって一大事。近年出現する海賊や中国軍から、このルートを守っているのが米海軍なんです。

トラ 遠回りすると、輸送コストが上がって物価高になってしまう。実はすごく海の恩恵を受けているんですね。現在の日本は、地政学的にどういう立ち位置なのでしょうか?

奥山 アメリカの主導する秩序に基づくシーパワー勢力の一員で、自由民主主義と資本主義で繁栄するオープンなスタンス。独自の資源をもっていないことも要因ですね。

トラ 海に囲まれすぎていて、国内で足りないものは外に取りに行かないといけないと。貿易できないときが怖い!

奥山 まさに80年前の悲劇ですね。イギリスやアメリカがブロック経済を採用。共通通貨を使う「自国と植民地の間だけ」で行われる排他的な貿易体制でした。

トラ 当時の日本は自国の需要を満たすため、中国大陸やインドシナ海へ進出、紛争の引き金に…。

奥山 だからこそ日本にとって自由貿易は非常に重要ですし、隣には近海を制覇したい中国やミサイルを発射する北朝鮮もいる。日本の安定はアメリカ軍の抑止力によって守られているのが現実です。

トラ きれい事だけでは平和は成り立たないと思い知らされますね。そもそも、戦争はなくならないのでしょうか?

奥山 僕の専門である戦略研究では、戦争の原因を「人間の本性」としていますが、西洋では他にも多様な研究があります。中でも、国際政治学者ケネス・ウォルツは戦争の原因を深く理解するため、3つのレベルを見いだしました。最初のレベルは「個人」、例えば「ヒトラーが戦争を起こす」というような観点です。次に「組織」で、「ナチス・ドイツが悪い」という考え方。最後に「構造」、例えば「国際的なパワーバランスの変化」などが含まれます。これは、現在の米中対立も当てはまりますね。地政学では構造から分析しますが、実際には3つのレベルが相互に作用して戦争が起きています。

トラ パレスチナ・イスラエルの問題は、本当にすべてのレベルで原因がからみあっていて。解決にすれ違うのは、どの階層を見ているかで見解が違うんですね。一方で、戦争を防ぐ方法も個人、組織、構造の3つから考えられそうです。

奥山 そのとおりで、個人へは教育、国という組織では戦争を防ぐ政策を憲法に組み込む、構造としてある一定の軍事力をもって勢力均衡を保つ…といった対策があります。

トラ 世界情勢が不穏な今の時代、私たちが平和を考える上で大事なことはありますか?

奥山 平和には色がついています。近年世界に警戒されている中国も戦争が目的ではなく、〝自分たちに都合のいい平和〟を実現したい。一方、アメリカ主導の平和が嫌いな人たちもいます。何が平和かという概念は、国や人、民族、宗教、価値観によって変わると覚えておいていただけたら。平和を求めること自体が争いのタネにもなっています。

トラ 「正義」と似たところがあるような。奥山先生は、2024年以降の展望はどのようにお考えですか?

奥山 地政学が流行るのは、土地争いが焦点となり世界が不安定になるとき。米中の覇権争いは今後も続き、AIを含むテクノロジーの影響や各国での右派の台頭なども注視しています。読者の方々も国際ニュースを見る際は、表の現象だけでなく、背後の構造の変化に目を向けてみてください。混沌とした状況が整理できますし、視野が広がると思います。

取材を終えて…TORA’S MESSAGE

一方向からでは見えない世界の思惑。平和も中立も、多面的なもの

「地政学がビジネスや生活の持続性にも関わりがあるとは発見でした。多角的な視点をもとうと意識するほど、明確な立場で発言や支持することが難しくなるもどかしさを感じていましたが、自分が思う平和や中立は、あくまで日本視点だと改めて自覚することができた気がします」

目指せ「SDGs」! トラちゃんの一歩

■ウェルビーイングでも注目の瞑想を初体験!

瞑想をナビゲートしてる知人と一緒に体験。心身の健康法として国連でも推奨されているとか。余計なことを考えずに、自分自身と向き合う時間はとても心地よく、日々に疲れを感じたらやってみるといいなと思いました!

■今月の1冊は…『増補改訂版 最新 世界情勢地図』

地政学を歴史や様々なデータと共に、視覚的に解説。各国が世界をどう見ているかひと目でわかります! 

著:パスカル・ボニファス、ユベール・ヴェドリーヌ/訳:佐藤絵里/ディスカヴァー・トゥエンティワン/¥1,980

今月のSDGsブランド「UGG」

南カリフォルニアを拠点とするグローバルライフスタイルブランド。着用のブーツは、土壌修復や生物多様性を促進する「環境再生型農業」で調達したスエードやアップサイクルウールを採用。雨水で育つ再生可能なサトウキビからつくられたアウトソールで、快適な履き心地に。

靴¥33,000(アグ)、シャツ¥45,100(ルック ブティック事業部<マリメッコ>)、スカート¥12,100(Ungrid)、靴下¥1,760(タビオ<タビオメン>)、ピアス¥44,000(エナソルーナ)、リング¥10,560(ズットホリック<バルブス>)
2024年CanCam3月号「トラウデン直美と考える 私たちと『SDGs』」より 撮影/花村克彦 スタイリスト/伊藤舞子 ヘア&メイク/遊佐こころ モデル/トラウデン直美(本誌専属) 構成/佐藤久美子 web構成/坂元美月 ◆この特集で使用した商品はすべて、税込み価格です。