「上京してすぐにCanCamモデルに」Vol.17蛯原友里
CanCam創刊40周年を記念して、歴代のOGモデルをクローズアップするスペシャル連載。専属モデル時代から今日までの軌跡を振り返りつつ、今だから話せる撮影裏話やプライベートなお話など、自分らしく輝き続ける彼女たちのリアルなメッセージをお届けします。
第5弾は、“エビちゃんブーム”という社会現象を巻き起こし、数々の伝説を作った愛されモデル、エビちゃんこと蛯原友里さんが満を持して登場!
2002年、宮崎県から上京した翌年「CanCam」の専属モデルに抜擢された蛯原さん。ヘア企画でデビューし、3か月後にはCanCamの人気企画「1ヶ月コーディネート」に、そして2003年12月号でついに初表紙を飾り、あっという間に人気モデルに。蛯原さんが誌面で着用したアイテムは完売→増産→完売を繰り返し、圧倒的なカワイさと存在感で、“エビちゃん”が社会現象になりました。
当時の「CanCam」を振り返ってみると、1冊の中に蛯原さんが登場する企画がズラリ! 1ヶ月に50本の撮影をこなすことも多く、毎日朝から晩まで撮影だったと言います。第1回目のインタビューでは、そんな超ハードスケジュールの中、どんな毎日を過ごしていたのか、“エビちゃんブーム”をどう感じでいたかなど、「CanCam」専属モデル時代についてネホハホさせていただきました♪
休めなくても、仕事に行きたくない日は一度もなかった
ーー「CanCam」の初撮影は覚えてますか?
「もちろん! まさに、この(小学館)スタジオでの撮影で、ヘア企画(2002年10月号)でした。ここに来たのもかなり久しぶりなのですが、当時と同じ“におい”が懐かしい(笑)! 入った瞬間に、『そうそう!ここ!』って思いました。小学館の建物に入ると、今でも帰って来たっていうホーム感がありますね」
—専属モデル時代に、印象に残っている企画は?
「やっぱり、“エビちゃんOL”じゃないかなぁ。初めて自分の名前が企画名になったので、すごくうれしかったです。当時、たくさんの方が、自分と同じようなファッションをしてくれているのは知っていたけど、実感としてはそこまでなくて。今みたいにSNSもなかったので、編集部に届くファンレターを読んだり、ロケバスの中から街を歩いている女の子たちを見て『わー! エビちゃんOLがいっぱいいる!』って感じたり、周りから聞いたりするくらいでした。あとは、当時イベントもたくさんあったので、ファンの方たちが、誌面のコーディネートと同じ格好で来てくれて、いつも感動していたのを覚えています」
ーーそもそも、“エビちゃん”は、いつからのニックネーム?
「父は“エビちゃん”って呼ばれていたらしいのですが、私はモデルになってから。小学館にいらした同じ苗字の方が“エビちゃん”と呼ばれていたそうで、当時の編集長が、みんなに覚えてもらえそうなニックネームとしてつけてくださいました」
ーー撮影は1日に何本くらいありましたか?
「ものすごい数だったと思います(笑)。1日4〜5本かなぁ。集合が朝の4時半くらいで、終わるのが夜中の12時ということもありました。丸一日のお休みは…思い出してみても、う~ん…なかなかないですね。友達と遊ぶ時間は本当になかったので、『どうして私は友だちに会えないんだろう』って泣いたことがありました」
ーー多忙な日々、気分転換の方法は?
「忙しくても毎日が本当に楽しくて仕方なかったので、仕事が息抜きだったのかもしれません。撮影の現場が好きで、『行きたくないなぁ』と思ったことは一度もなくて。どんなに大変でも、体がツラくても、終わったときの達成感がモチベーションになっていたんでしょうね」
当時のスタッフ曰く、どんなに忙しくても、疲れを顔に出さず、文句ひとつ言わず、常に笑顔で撮影に挑んでいたという蛯原さん。いつも前向きで真面目で、意外と体育会系でアツいところは、モデル仲間だけではなく、スタッフからもリスペクトされていたのだそう。撮影中にスタッフが「疲れてないかな?」と心配して楽屋を覗くと、すでに次の衣装を自ら着ていることも多々あったとか。
「衣装の数が多い現場だとスタイリストさんも本当に大変なんです。だから付箋に書いてある撮影順を見て、自分で服を着替えたり靴の箱を探していました(笑)」
衣装を着ると、服の“カワイイところ”や“魅せたいところ”を瞬時に捉えて、カメラ前で服の魅力が伝わるポージングをする勘の良さがあったそう。後輩のモデルたちにも「エビちゃんのポージングをしっかり勉強するように」と伝えていたそう。
実はコンプレックスから生まれたポージングも!
ーー仕事で落ち込んだときはどうしていた?
「落ち込む時間がなかったです(笑)! やらないといけないし、やらないと終わらないし。とにかく、考えたり悩んだりするより、目の前のことをやっていくしかなかったですね。上京前は、チラシやカタログ撮影の経験しかなかったから、ファッション誌のポージングが全然わからなくて最初は悩みました。現場で(押切)もえ、(山田)優、(小泉)里子たちのポージングを勉強したり、洋服をきれいに魅せる動きをイメージしました。もえは、撮影前に鏡で自分のポージングを何度もチェックしていたので自分もやってみたり。ポージングしている自分を鏡で見るのは恥ずかしくもあったけど、客観的にチェックする習慣は大切だな、と思いました」
ーー苦手だったポージングの克服法は?
「編集部に行って、当時はデジタルカメラではなかったので、ポジ(フィルムのようなもの)で自分の写真を確認しました。当時、脚をクロスにしたり、膝を曲げて脚を上げるポージングをよくしていたのですが、私自身、脚の形にコンプレックスがあって、それを隠すためのポーズだったり、肩をくいッと内側に入れてアゴが少し隠れる感じのポーズも輪郭をカムフラージュするためで…、実はコンプレックスから生まれているポージングも多いんです」
誰もがマネした“エビちゃんポーズ”が実はコンプレックスから生まれたこと、超多忙なスケジュールも持ち前のポジティブ精神で乗り越えてきたこと、絶対的なカワイイの裏には陰の努力があったこと。今でも、蛯原さんが変わらず多くの人に愛されているのは、丁寧に積み重ねてきたハッピーオーラや内面の魅力も大きいのかもしれません♡
★Vol.2では、40回という歴代最多記録を持つ「CanCam」の表紙について、そして今だから話せる撮影裏話やヒヤッとしたエピソードなどを伺います!