貯金1,500万円。それでも「人生既読スルー」なわけ【貯金1500万の女】Vol.4

突然告げられた理不尽な異動。おとなしく従うべき? 拒否して会社を辞めるべき?

私が異動したくないのには、出世ややりがいより大切な理由があって……。

「ゆとり以上バリキャリ未満のリアル」を生きる33歳のOL、マユに訪れた突然の転機。今どきの「女の幸せ」ってなんだろう? 世代を超えて共感必至の、女の人生ルポルタージュ、最終回。

★Vol.1はこちら→ 突然告げられた理不尽な「異動」。33歳、何が正解?

★Vol.2はこちら→ 男にも、会社にも、裏切られっぱなしです

★Vol.3はこちら→ いちばん恐いのは、やりたいことがわからないこと

 

Vol.4  貯金1,500万円の意味<最終回>

既読スルー


 

親友に誘われた婚活パーティは、社会勉強としてはまあまあ面白かった。婚活市場においては先輩であり、もはやセミプロとしての風格さえ漂う親友のアドバイスに従って、トップスは白ニット、ボトムはガウチョパンツにした。気合いを入れすぎず、普段っぽいけどおしゃれ、というのがいいらしい。

会話のきっかけとして仕事の話を聞かれるのは、お決まりのコース。でも、私の仕事内容を聞いてすぐに、「じゃ、芸能人に会わせて」と言ってくる男はすぐにNG。今回はふたりいた。興味があるのはそっちですか、という気分になってしまう。

周囲からしたら、マユは少し退屈そうな顔をしていると思われただろう。それもそうだ。1か月前に出会って週2でデートするようになった育三郎からの、今は告白待ちで気もそぞろなのだから。

 

「先日の私の誕生日も、一緒に過ごしました。いつもは割り勘だけど、この日だけは彼のおごりで。イタリアンのコースの最後に、サプライズでケーキを用意してくれて、ウルっときちゃいました。これ、そのときにお店の人が撮ってくれたツーショット写真なんですけど、何回も見返しちゃって。すごく幸せでした。

でも、まだ一度も彼から『好き』という言葉を聞いてません。LINEでのハートマークならありますよ。『今日は楽しかった♡』とか『ありがとう♡』とか。誕生日こそは聞けると思ってたのに、いくら待っても『好き』が出てこない。だから翌日、思い切って私から送ってみました。

『育三郎くん、大好き! 真剣です』

で、なんて返ってきたと思います?

『会って、ちゃんと話そう』

これをどう解釈するか、いまだに迷ってます。でも、『好き』がもらえなかったことは明らかなわけで。今日まで既読スルーのまま、返信してません」

 

この何年も恋愛してなかったかと思えば、たった3か月の間にふたりからフラれるということもある。フラれたと決まったわけではないけれど、気分は“負け”だ。

だからせめてもの、既読スルー。今できることは、それしかなかった。

 

 

貯金通帳


マユは気分が落ちたときや面白いことがないとき、部屋の引き出しに入れてある郵便局の貯金通帳を開く。この夏、その残高はいよいよ1,500万円の大台を超えた。

マネージャー職に異動してからの1か月、給料は変わっていないけど、忙しくてお金を使う暇もないので出費はめっきり減っている。外食するときは、担当のタレントが出してくれることもあるし、気分は乗らないもののたまに婚活パーティにも参加して、食事代は浮いている。先月までのようなデートの出費も減った。そんな要因が重なって、着実に貯金増加傾向にある。

 

「月の手取りが22万で1,500万の貯金って、どれだけドケチだって思われちゃいますよね(笑)。子どものころのお年玉やお小遣いをずっと貯めて、社会人になってからさらに増やしていって。海外旅行に行ったり、ブランドバッグを買ったときをのぞけば、ボーナスもほぼ貯金に回してきました。月々で貯める額は決めてませんが、デートもないし、買いたい服もあまりないので、今はいちばん貯めてるときかな。

マネージャー職には、ちょっとした飲み物やタクシー代を、忙しさにまぎれて身銭を切っちゃうという悪習慣があるんですけどね、私は絶対にやりません。そういうところは、超ケチです。あと、どんな小さな支払いもANAカードで払って、マイルで貯めます。今は、ビジネスクラスでヨーロッパ往復しても余るくらい、マイルが貯まってます(笑)」

大好きだった育三郎に対する「既読スルー」の一件から日が経って、マユに少し笑顔が戻ってきた。通帳通帳とマイル残高の威力は絶大だ。

 

この定期預金の増加率をグラフにした時に、明白なことがひとつある。増えている時期は彼がいなかったときで、停滞している時期は彼がいたとき。彼がいなかったこの3年は、人生で最も上昇カーブを描いた時期となる。

 

最初の会社を辞め、当時の彼と半同棲していたころだけは、マユの貯金は停滞どころかどんどん減っていた。買い物に行けば、彼に似合う服を買ってあげたくなるし、彼の収入が少ないときは、つい貸してあげたくなってしまう。「コレはまずい」と気づいて別れたときは、貯金を再開できるし、仕事も出会いもまだまだあると思って、落ち込まなかった。26歳のマユはそれほどにお気楽だった。

33歳になった今、「出会いはまだある」なんてお気楽に思うことはできない。「頑張って働いていれば、やりたいことは見つかるだろう」と思っていた時期も過ぎた。頑張ったけど、やりたいことは見つからなかった。でも、貯金は増えた。

 

異動して1か月。いまだ納得していないけれど、かといって退職の意志も伝えていない。転職活動もしていない。好きだった育三郎との一件は、あえてはっきりさせないままにしている。いろんなことがどれも「既読スルー」な気分だ。

 

そのままでいいとは思っていない。友人が留学したと聞けば、それもいいなと思うし、婚活に精を入れている親友の姿を見れば、自分も動かなくちゃと焦る。さて、何から始めよう。

 

2017年7月3日、この会社に入って6年と241日目。
マユは初めて自分から人事の“デスナンバー”に電話をかけた。退職の意思表明を伝えるために。これから先、闘うべき相手は人事担当者ではなくて、「やりたいことがわからない」自分だ。

そして、これが面倒な相手であることは、マユがいちばんよくわかっている。(終わり)

 

文/南 ゆかり
「CanCam」や「AneCan」、「Oggi」「cafeglobe」など、数々の女性誌やライフスタイル媒体、単行本などを手がけるエディター&ライター。20数年にわたり年間100人以上の女性と実際に会い、きめ細やかな取材を重ねてきた彼女が今注目しているのが、「ゆとり世代以上、ぎりぎりミレニアル世代の女性たち」。そんな彼女たちの生き方・価値観にフォーカスしたルポルタージュ。

 

【ゆとり以上バリキャリ未満の女たち】連載一覧

 

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