「世界一のドイツビール」の醸造所は岩手にある。「地元に愛されるクラフトビール」へのこだわり

花王が特別協賛する「ネクストとうほくアクション」という、東北のみなさんとともに未来を考え、未来につながる活動を支援していく取り組みをご存知ですか?今回はその一環で、現地に縁が深い大学生のみなさんとともに、CanCamがピックアップした東北の素敵な企業を紹介するプチ連載をお届けしています。

初回はCanCam専属モデルの佐々木莉佳子とともに、莉佳子の地元・宮城県気仙沼市の「インディゴ気仙沼」を訪れましたが、第2回は少し北上して、岩手県・盛岡市へ! 「うまいビールで食卓をハッピーに!」とモットーに、「地元の人に愛されるクラフトビール」を造り続けて20年、ベアレン醸造所にお邪魔しました。


 
2001年に盛岡で起業し、2年間の準備期間を経て2003年のビール販売開始から、今年でちょうど20周年。ドイツから取り寄せたビール仕込み釜を使い、本格ドイツスタイルビールを造り続けています。

中でも「ベアレンシュバルツ」は、ドイツで開催された国際ビールコンクール『Finest Beer Selection 2023』にて、世界18か国・約200のビール醸造所から880種類のビールが出品された中で、国際ビール部門の第1位を獲得。初めてビールのコンペティションにエントリーし、世界一の快挙となりました。

▼今回お話したのは…

左:岩手大学 人文社会学部 人間文化過程3年 藤原成美さん
岩手県花巻市出身。地域創生に興味あり。

中:ベアレン醸造所 代表取締役 社長 嶌田洋一さん
東京都出身。2001年に前社長の木村剛氏に地ビール会社の立ち上げに誘われ、ともにベアレン醸造所を創業。2022年に代表取締役社長に就任。

右:岩手大学 人文社会科学部 地域政策課程3年 菅原日向子さん
岩手県盛岡市出身。ベアレンビールを飲み、ビールの美味しさに目覚めた。

 


地ビールの印象が下火の時代に始めた、盛岡発・プレミアムビール立ち上げの話

―改めて本日はどうぞよろしくお願いいたします。まず、ベアレン醸造所立ち上げまでのお話を聞かせてください。

嶌田さん まず前提として、昔はビールの製造免許を取るために必要な最低製造量が、年間2000KLでした。非常に参入障壁が高く、大手のビール会社のビールしか存在しない中、1994年に一気に年間60KLまで引き下げられました。それを機に、95〜98年頃に全国各地で地ビールが作られ始め、一躍ブームになりました。けれどそれはそう長くは続かず、2000年になる頃には下火となり、倒産するところも出始めました。どうしてか想像がつきますか?

菅原さん えっ…どうしてでしょう?

嶌田さん ひとつの要因として、いわゆる町おこしや「観光地のお土産」として開発されることが多かった、ということが挙げられます。ただ、「お土産品を作れ」という指令のもとで作られるビールは、一回飲んだらそれでいいというか「あ〜、なるほどね、変わってるね、面白いね」でおしまい、というものが多かった。けれど、ビールは日常の中で飲むものです。飲み仲間だった前社長の木村と「せっかく小規模醸造所ができるようになって、これからビールが面白くなってくるはずなのに、もったいない。日常に定着した本物のプレミアムビールを、なんとかして作りたい」という意気込みを持って起業しました。

菅原さん まさに、ベアレンさんのビールはちょっと特別なイメージです。この間20歳の誕生日祝いに友達がプレゼントしてくれました。

藤原さん 私も親がいただきものでもらってくるような、特別な存在です。

嶌田さん その話を直接聞けると嬉しいですね。起業当時は地ビールのイメージが「たいして美味しくもないし、日持ちしないし、高価」というところから始まりました。酒屋さんや百貨店の店頭に立たせてもらって「新しい盛岡の地ビールができました」と言っても、誰も見向きもしない立ち位置でした。今もなくても生活には困らないけれど「あると、より生活が豊かになって、いいよね」という場面をたくさん作って「生活のちょっと嬉しいときに買うもの」と提案することを繰り返しています。

―ドイツから100年以上前の仕込み釜を取り寄せて作っているとうかがいましたが、そのこだわりも素晴らしいですよね。

嶌田さん これには事情がありまして、ビールづくりは釜やタンクなど、最初の初期投資に非常にお金がかかるもので、新品がなかなか買えないものです。そこで、一緒に創業したドイツ人マイスターのルートを使って、ドイツ南部の街からヴィンテージの設備を買い付け、船で日本に運搬してきました。

北山本社ブルワリーにある、100年以上前の仕込み釜。ドイツのビール造りを受け継いで、プレミアムなビールを手造りしています。


嶌田さん それが結果として、ベアレンの世界観に繋がっていきました。「プレミアムなビール」に何が必要かというと、「高い原料を使っていること」や「時間をかけたこと」ではなく、「自分たちだけしか持ち得ない背景や、ストーリー」です。そこに共感して価値を見出してもらえると、飲んでいるお酒が本当にプレミアムなものに感じます。

嶌田さん 僕自身は「好きなお酒は何ですか」と聞かれたら、実は即答で「ワイン」です(笑)。たくさんある高級ワインの中でも、特に好きなワインは、やはり「創業物語に感動したものや、オーナーの話に感銘を受けたもの」です。ただ、ワインは世界がしっかり出来上がっているので、あえて起業してやらなくてもいいだろうと。ビールは日本人にとってはまだまだ知らないことも、知られていないことも多いので、手を替え品を替え、さまざまなビールの楽しみや、ビールのある豊かな生活がある価値観を提案していくことは、起業してやることの醍醐味だなと思って取り組んでいます。本当にビールの世界は深いんですよ。たとえば、「ビール」と聞いてパッと思い当たるビールの味があると思います。多少の味の違いはありますが、大半は「ピルスナー」という種類のビールで、実は歴史はそこまで長くなく、100数十年前にできたものです。

菅原さん えっ、そうなんですか?

嶌田さん 製法や性質上、大量生産がしやすい。その結果、産業革命や近代化の波に乗って安価なビールがたくさんできて、世界中に広まりました。日本だけでなく、世界のビールの多くが「ピルスナー」です。ただ、あまりに広まりすぎて、欧米では中世から続いていた個性的なビールがどんどんなくなっていきました。その「さまざまな製法で作られた伝統的なビールをもっと飲もう」という動きは、欧米では「自分たちのルーツのビール」ですが、日本にビールがやってきたのは明治時代からなので、そもそも伝統がありません。けれど、ビールのスタイルは世界に150以上あると言われているので、さまざまなビールを飲んでみることで、欧米のビールの歴史を知りながら「これも美味しいね、面白いね」と理解が深まる人が増えるような、そんな啓蒙活動もしていきたいと考えています。とはいえ、まず何よりうちが大事にしているストーリーは、まず何より「盛岡の地元で飲まれる、地域を元気にするクラフトビールを造りたい」ということです。

藤原さん 詳しく知りたいです!

嶌田さん 起業前に、前社長の木村とドイツに行って、ビールを飲むツアーに参加しました。すると、ドイツはそれぞれの街ごとに飲まれるビールがあって、ビアパブを中心にコミュニティが形成されている。そんな、街に根付いたビール文化に憧れを持って「こういうものを作れたらいいな」と。工場見学や、飲み放題のイベントを積極的に行っているのも、地元の方に対してのトライアルです。「ベアレンビールが好きなだけ飲めますよ」ということをまず魅力的に思ってもらって(笑)、いざ飲んでみたら「特別感があって、美味しい」と知ってファンになり、日常の選択肢のひとつに入れてほしい、が狙いです。いきなり何もないところからファンにはならないじゃないですか。何かトライアルがあって、知って、ファンになる。そういう場を作ることを大事にしています。そこからギフトで買ってみたり、直営レストランに来てもらえたりしたらいいですね。

「ベアレンオクトーバーフェスト」のイベントのたびに作っているオリジナルのジョッキが並んでいました。

菅原さん イベント、行ってみたいです!

嶌田さん 学生さんで来る方も多いですよ。食べ物も持ち込みOKです。

藤原さん 優しい…どうして食べ物を持っていってOKなんですか?

嶌田さん ボランティアではなく営利企業なので、まず採算が取れることが絶対です。料理をこちらで用意すると、料理自体のお金も人件費もかかる。それならいっそ好きなものを持ち込んでもらって、ビール代だけいただくほうがいい。ビールも自分で注いでもらっていますが、お客さんからも「自分で注げて楽しい!」という声をいただいています。「こちらから提供するイベント」よりは「お客さんと一緒に作るイベント」というイメージです。20年やっているので、工場前のビールイベントに、かつて親御さんに連れられて来ていたお子さんが成人して、自分の意志でやって来た、という話も聞きます。ビールを通じたコミュニティを作る、という願いが叶っているように感じますね。

ブレずに大切にし続けるのは、何より「地元の人」

嶌田さん ビールはお好きですか?

菅原さん 私、ベアレンさんのオレンジ色のビールを飲んでからビールを飲めるようになりました。

嶌田さん 「トラッドゴールドピルスナー」ですかね? 嬉しいですね。昔は上司にお酒の席に連れていかれると、「座った瞬間、有無を言わさず全員の前にビールが出てくる」時代がありました(笑)。最初は苦いなーと思いつつ、慣れてくるとどんどん美味しく感じるようになる。でも今はそういう時代でもなくなり、選択肢がたくさんあって、甘くて飲みやすいお酒がたくさんあるので、「苦いビール」にチャレンジする必要もない。けれど、僕たちが作っているビールをはじめ、クラフトビールには本当にたくさんの種類があるので、好きな味を見つけやすいんです。「今までビールは得意じゃなかったけれど、ベアレンのこれは飲める」という方もいると聞きます。レモン果汁を使った「レモンラードラー」はすっきり爽やかで、アルコール度数も2.5%と低め。初心者の方にもおすすめです。

藤原さん 美味しそう!

ベアレン醸造所が手がけるさまざまなビール。左から、レッド麦芽を使用したきれいな赤色が特徴の「イノベーションレッドラガー」、のど越しも余韻も楽しめる「トラッドゴールドピルスナー」、初心者向けにおすすめの人気商品「レモンラードラー」、ドイツスタイルの王道でオールマイティな「クラシック」、世界一を獲得した「シュバルツ」、いわて産りんご100%で作られた「ドライシードル」。

工場には、ビールの原料となる大麦がたくさん積み上げられています。造るビールによって、さまざまな種類を使い分け。

 

嶌田さん 子どもは苦いものや渋いものは飲まないじゃないですか? 「苦いもの・渋いもの」は一般的に味覚として「毒」の象徴なので、「苦い」を美味しく感じられるようになるのは学習によるものです。個人的には、そこを学習で乗り越えて、大人の味覚を楽しめると世界はもっと広がるんじゃないかな、と思いますが、なかなかそこを超えてくる人が少なくなっているのは課題に感じます。「レモンラードラー」のように、ビールが苦手な方向けの商品を開発することはありますが、それも「地元の方に美味しいビールを楽しんでほしい」という思いから。逆に、極端なことを言うと「現在のクラフトビールブームに沿った仕事はしない」ようにしています。

藤原さん どういうことですか?

嶌田さん 現在のクラフトビールブームでは、ちょっと変わった味や、苦味が強いものが好まれます。クラフトビール界に多い、ホップを大量に入れて苦味が強い「IPA」が人気ビールの代表格ですが、これも僕たちは造っていません。あくまで「うまいビールで食卓をハッピーに!」というモットーで、「クラフトビールが何なのかよくわかっていない」という方にも美味しく飲んでもらえるビールを作りたい、という気持ちでずっとやっています。それこそ「レモンラードラー」は、地元では大人気ですが、クラフトビール好きの方にはあまり受けないビールですね(笑)。他にも、いわゆる「クラフトビール」のイベントにはほとんど出ませんが、地域のお祭りには積極的に出店し、地域の方々と一緒にイベントを作り上げています。限られた時間と人員で対応するので、すべてのお祭りに参加するのはなかなか難しいですが…。

菅原さん どういう基準で参加するお祭りを選んでいるんですか?

嶌田さん 「ビールが売れそうかどうか」より、「地域の活性化になるか」という視点を大事にしています。たとえば外からイベント屋さんがやってきて、出店料がすごく高いところは、ちょっと違うなと。あとは地域おこしという点でいうと、「岩手の食材を使ったお酒造り」はしますが、「地域の特産品を使っています」が先に来るのは違う。「美味しいものができそうになかったら、使わない」。自分自身が、旅行して他の土地に行ったときに「いわゆる観光客向け」「いわゆるお土産品」より、地元の人が好きで飲み食いしている美味しいものを楽しみたい、という気持ちがあって、ベアレンもそうなりたいです。


―震災を機に、ビールを通じて人や地域をつなぐことをさらに意識するようになった、とうかがいました。

嶌田さん そうですね。震災を機に、ベアレンの思う「地元」が、盛岡から岩手県全体に広がりました。まず2011年、2012年と被災地支援に行き、復興も進んできた2013年、「ベアレンもビールを発売して10周年だし、ベアレンらしく楽しく、地域密着したことをしよう。じゃあ何をやろうか」という話になったときに、「岩手県内のすべての市町村でイベントをやろう」と、33市町村、全部回りました。

藤原さん 全部! 大変じゃないですか?

嶌田さん 大変でした(笑)。半分以上の市町村はつてがなかったので、つてがあるところから始めて、紹介で繋いでもらって…。ベアレンの主催でイベントをやることもあれば、地元のイベントとコラボしてビール祭りをやることもありましたが、10年経った今でも「あのとき来てくれたよね」と言われますし、すべての市町村となんらかの関わりが持てているので、いい経験でした。20年前は今ほど「少子高齢化」「地方消滅」といった問題が注目されていなかったのですが、そういった現代の課題を考えたときに何ができるのかを考えたら、「ベアレンが、人を呼べるブランド」であること。コミュニティを作ったり、コミュニケーションを活性化させるブランドになっていきたいと、強く感じています。

藤原さん 私も地元で地域おこしをやっているんですが、そうやっていろんなところに出かけて飲んでもらった結果、多くの人に共通するアイテムになる、そんな地域活性のやり方があるんだな…と学びになりました。ありがとうございます!

嶌田さん 今、価値あるものの多くは、実は地方で生まれているように思います。もちろん東京で生まれる文化もありますが、東京はどちらかというと「価値の集積地」。確かに東京はパワーがありますが、競争も激しく、いいものはすぐ誰かに真似され、日々価値観が変わる。勝ち残る中で日々改良が求められることは良さでもありますが、実はなかなか本質的な価値創造が生まれにくい場でもある、と、東京出身なので感じます。そのぶん、地方はゆっくりとブランドづくりができます。盛岡という規模感も、もっと田舎だと人が少なくて事業が成り立ちにくいのでちょうどいい。

菅原さん 私も今、盛岡の都市と自然のちょうどいいバランスを維持していけるように、環境マネジメントのサークル活動をしていて、この大好きな街のためになれるように頑張っていきたいと思っています。

嶌田さん 素晴らしいですね、僕が学生時代なんて飲んだくれていましたよ(笑)。これからもっと、地方が価値創造を行っていく時代になっていくんじゃないか、と思います。自ら作っていく価値に誇りを持って、それをどう多くの人に伝えて、人の行き来を作っていくことが大事か…そう感じて、日々地元の人に「美味しい!」と愛してもらえるビールづくりに励みます。


たくさんのお話、ありがとうございました!

 



取材の後には、工場で造られたばかりの樽生ビールをごくり。ふたりも「美味しい〜!」と飲んでいました。(旅行に行くと間違いなく地元のビールを飲んでいる、ビール好きの担当ライターもいただきましたが、これまで飲んできたさまざまな地ビールの中でトップクラスに美味しかったです)

2023年12月現在、平日のみ実際にビール醸造の設備を見学できる工場見学も受付中。なんと600円で見学+おつまみとビール1杯、1200円で見学+おつまみと30分ビール飲み放題という破格の値段で実施しています。売店でもあらゆるビールや、かわいいオリジナルグッズを販売中。「地元の人に愛されるビールを」ということでしたが、だからこそ、旅行で訪れた方にも心底おすすめしたい美味しいビールでした。

ベアレン醸造所 公式サイト

 

【岩手県ってどんなところ?】

東北を代表するスキー場である安比高原スキー場や、小岩井農場、八幡平温泉郷、猊鼻渓の舟下りなど、1年を通して数々の見どころがある。県南エリアには、平泉遺跡群や中尊寺金色堂など、歴史に触れられるスポット多数。
盛岡冷麺、わんこそば、じゃじゃ麺、前沢牛など、有名なご当地グルメが数々あるのも特徴。三陸の海鮮も絶品で、ふらっと何気なく入った居酒屋でいただくメニューが軒並み美味しい。
盛岡駅近郊は都市と自然のバランスが素晴らしく、盛岡駅からほど近い盛岡城跡公園は地元民の憩いのスポット。周辺にはおしゃれな落ち着けるカフェも多い。
What’s「ネクストとうほくアクション」?

花王が支援する取り組みで、東北の3つの新聞社である岩手日報、河北新報、福島民報が手を取り合って、東北の皆さんとともに未来を考え、未来につながる活動を推進していく取り組み。現地の高校生・大学生とともに行うプロジェクトや東北に花を咲かせるプロジェクトなど、さまざまな取り組みを行っています。
公式サイト https://smile-tohoku.jp/

協力/花王グループカスタマーマーケティング株式会社

撮影/安川結子 構成/後藤香織