性的シーンで“NO”が言える環境を…日本初のインティマシー・コーディネーターとは?|【トラウデン直美と考えるSDGs】

安心して〝NO〟と言える環境をつくるには?

今、世界中で注目されている「SDGs」という言葉。これは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の頭文字を合わせたもので、世界193か国が貧困や環境問題の改善を2030年までに達成するために掲げた17の目標のこと。2020年からスタートした連載では、CanCamモデルのトラちゃんことトラウデン直美が「SDGs」について読者の皆さんと考える機会を作っています!

今回は、映像作品や舞台で安心・安全な作品づくりをサポートするインティマシー・コーディネーターの浅田智穂さんに学びました!

日本初のインティマシー・コーディネーター 浅田智穂さん/ノースカロライナ州立芸術大学卒業後、映画や舞台など日本のエンターテインメント業界で通訳として活躍。2020年、IPAにてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。30作品以上の撮影に携わる。
トラウデン直美/高校時代に環境問題に興味をもって以来、エシカルな生活を模索。『SDGs』関連の取材や発信に力を入れ、情報番組にも出演。『めざまし8』(フジ系)では金曜MC、『news23』(TBS系)では水曜コメンテーターを担当。

■What’s インティマシー・コーディネーター

映画やドラマの撮影現場で、性的なシーンやヌードシーン(インティマシーシーン)を演じる俳優の身体的・精神的安全を守りつつ、監督の演出を最大限実現できるようにサポートする。

権力は強制力を伴うもの。間に入って客観的な話し合いに

トラ インティマシー・コーディネーターというお仕事を知ったのが、水原希子さん・さとうほなみさんW主演で、浅田さんが参加されていたNetflix映画『彼女』でした。役職の発祥から教えていただけますか?

浅田 アメリカの舞台では類似の役職がありましたが、映像で初めてインティマシー・コーディネーターがクレジットされたと言われているのが、2017年のHBO制作『The Deuce』。映画俳優組合のヌードや疑似性行為に関するルールを守り、インティマシーシーンにおける俳優のサポートをしながら、制作側とのコミュニケーションを円滑にする目的のポジションです。セクハラや性的暴行などの被害体験を告白する「#MeToo運動」が導入に拍車をかけました

トラ 安心して演技に集中できる環境の確保は大切ですね。日本でも浸透してきていますか?

浅田 役職自体は認知されつつありますが、そもそも日本には、性的なシーンに限らず、諸外国のように俳優の権利や尊厳を守る労働団体がないんです。予算や独自の慣習などの要因もからみ、取り入れられる作品はまだ限られているのが現状です。

トラ 観る側として作品を楽しむためにも、きちんと同意を得ていることの重要性を感じます

浅田 まさに私がインティマシー・コーディネーターとして働く理由は、俳優だけでなく、いい作品を守りたいから。デリケートな描写に関して詳細な説明がないまま撮影当日を迎え、自分が思い描いていた以上の露出などを監督から要求された場合、パワーバランスによるプレッシャーで、俳優はなかなかNOと言えません。NOと言える環境で説明を受け、自分ができる/やりたいと思ったお芝居がいい作品につながると思います。監督の自由を奪うのではなく、表現の幅を広げるために細かく事前確認しています。

トラ 浅田さんが間に入ることで客観的に話し合えて、俳優さんが納得した上で同意できるんですね。

浅田 年配の監督と話す上で説得力をもたせるためにも、経験や知識を蓄えるように意識しています。

選択肢を示して相手に委ね、同意できるラインを探る

トラ 撮影に際し、大事にされていることはありますか?

浅田 大前提として、インティマシー・シーンに関して「必ず俳優部の同意を事前に取る」「性器の露出を避けるために必ず前貼りなどをつける」「撮影は、必要最少人数で行う(クローズドセット)」という3つの約束が、制作側と交わせた作品にのみ参加しています。

トラ 準備は、どのように進めていくのでしょう?

浅田 例えば、台本に「愛を確かめ合うふたり」とだけ書かれている場面があったとします。どのようなシチュエーションで、露出やキスはあるのか? あるなら、どんな衣装でどこまで見えるのか、どんなキスなのか? 事前に明確でないと、不安を感じますよね。それに、大勢のスタッフの前で急に決断を迫られたら断れない。事前に俳優と確認して、同意を得たことしか撮影しません。俳優ができることの範囲で監督の希望に近づけます。人によって、もし胸を見せたくない場合は、チューブトップで隠すか、ヌーブラでOKなのか確認。それによって相手役の動きや触り方も変わります。撮影当日も立ち会い、俳優のケア、共演者間のコミュニケーションのサポートなどを担っています。

トラ 選択肢があることで、「断ったらこのシーンが撮れない」「つまらなくなってしまうかも」という不安が和らぎますね。男性の俳優さんからの相談もあるのでしょうか?

浅田 はい。他のシーンでは細かな動きの指示があるのに、性的なシーンになると「とりあえずやってみて」と言われるケースが多くて。俳優にとっては、「普段の自分のやり方を見せて」と求められているようなもの。男性は「自分が女性をリードすべき」と考える人も多く、男性俳優にも負担がかかっていると知っていただきたいですね。

トラ 相手の意思を尊重する問いかけの心得はありますか?

浅田 選択を委ねるには、やはり相手が〝YES〟〝NO〟を言いやすい環境と聞き方が不可欠。でも、私自身、プライベートでは子供に対して「これでいいよね?」など、無意識のうちに〝NO〟と言わせない聞き方をしてしまいハッとします。簡単ではないので、トライして間違えたら謝る。相手が「イヤだ」と言える環境をつくれてこそ、〝YES〟が真の同意になるので。

トラ 日常でもすごく大事なこと! 例えば、仕事の打ち合わせ時に「どう思いますか?」と質問されて「こう思います」と答えても、やんわりと違う方向に導かれて進んでいくことがあって。疑問があれば、自分から確認することも必要だなと。インティマシー・コーディネーターのお仕事には、人権が守られる社会のヒントが詰まっていますね。

浅田 〝YES〟も〝NO〟もはっきり言わないのは国民性ですが、同意形成の文化は根づいてほしいと心から思います。

トラ 日本ではパートナー間でも曖昧な部分が多いですよね。お互いに何がよくて何はイヤなのか、もっとコミュニケーションがとれると信頼も深まる気がします。その点、Netflixのドラマ『セックス・エデュケーション』は勉強になりました。

浅田 私も好きな作品です! ジェンダーやセクシャリティに関わらず必要なことが全部盛り込まれているんじゃないかな。

トラ 活動を始められて4年目、変化の兆しはありますか?

浅田 一緒に仕事をしたことのあるスタッフが、インティマシー・コーディネーターの導入をプロデューサーに提案してくれることが増えています。「以前に参加した現場がすごくよかった」という理由で。敬意と思いやりをもって取り組むことは、「いい作品」につながります。それが多くのお客さんに伝わることで、業界の感覚が少しずつ変わってきていると感じてうれしいです。

トラ 今後は、後進育成のプランもあるとか。

浅田 もう少しで日本での育成に関して発表できると思います。資格取得のためのコース以外にも、俳優の皆さんや興味をもたれた方々へのワークショップも開催したいです。

トラ そのときは私もぜひ参加したいです! エンタメ以外のビジネスでも参考になるのではないかと。

浅田 Netflixが導入した「リスペクト・トレーニング」は、その好事例。相手をリスペクトすればパワハラやセクハラは減るという考え方で、何より、スタッフもキャストも全員で同じ講習を受けることで、職場でのハラスメント遭遇時に「よくないことだ」と共通認識をもてるのが理想的です。

トラ 抑止になるし、周囲でフォローし合うこともできる。そんな知識や感覚を、私も身につけていきたいです。

■疑問を抱いたら、曖昧にせず正直に伝えて信頼を築いていく

浅田さんが携わった作品の一例。映画『怪物』、ドラマ『大奥』『サンクチュアリ』『エルピス』など話題作に参加。ストーリーや演出の意図を理解するため、脚本の読み込みも大事な業務。大学での舞台芸術の勉強も活きているとか。

相手を尊重した問いかけで、日常でも〝YES〟〝NO〟を言いやすく

センシティブな領域での同意形成は、友達同士での悩み相談など身近な会話にも通じること。例えば「無理して理由を話さなくていい」「全然問題ないし、こういう対策もあるよ」といったNOの選択肢を厚くすることで、相手の不安を軽減できたらいいな。

目指せ「SDGs」! トラちゃんの一歩

■タグからアイテムの旅路を知る!

先日、『コーチトピア』のポップアップへ。革製品の端切れや廃プラをアップサイクルした製品が多々あり、タグにはどんな経緯でつくられたかのデータが! かわいくて人に受け継ぐのも楽しみになるような仕組みが素敵♡

■今月の1冊は…『ローマ人の物語(1)─ローマは一日にして成らず』(上)

大帝国をつくりあげた古代ローマ、その一千年にわたる興亡の物語。世界中に根づいている文化の礎が見られてワクワクします。現代の欧州を理解する上でもローマ時代なくしては語れない! 

著:塩野七生/新潮社/¥572

今月のSDGsブランド「Kalevala」

1937年に誕生したフィンランド発のジュエリーブランド。リサイクル由来のゴールドやシルバー素材を活用し、ヘルシンキにある工房で循環エネルギーを使用して一点一点手づくり。創業以来チャリティに注力、女性や子供の支援に取り組む。

ピアス¥51,500・ネックレス¥19,000(Kalevala)、カーディガン¥17,000(バナナ・リパブリック)、Tシャツ¥6,600(AKTE)、スカート¥11,550(アンティローザ)
2024年CanCam1月号「トラウデン直美と考える 私たちと『SDGs』」より 撮影/須藤敬一 スタイリスト/伊藤舞子 ヘア&メイク/後藤若菜(ROI) モデル/トラウデン直美(本誌専属) 構成/佐藤久美子 web構成/坂元美月 ◆この特集で使用した商品はすべて、税込み価格です。