トラウデン直美×長坂真護さんが語る「アートを通して貧困問題に取り組む“今”と“未来」【SDGs連載】

地球をきれいにしながら、経済を回す方法とは?

今、世界中で注目されている「SDGs」という言葉。これは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の頭文字を合わせたもので、世界193か国が貧困や環境問題の改善を2030年までに達成するために掲げた17の目標のこと。2020年からスタートした連載では、CanCamモデルのトラちゃんことトラウデン直美が「SDGs」について読者の皆さんと考える機会を作っています!

今回は、アート活動を通じて環境・貧困問題の解決に取り組む長坂真護さんに、お話をうかがいました。

長坂真護さん/アパレル会社の起業、世界を旅する路上アーティストを経て、2017年にガーナのスラム街・アグボグブロシーを訪れる。以降、廃棄物を使って作品を制作し、その収益を投入して多様な支援を実践。
 
トラウデン直美/環境省サステナビリティ広報大使。高校時代に環境問題に興味をもって以来、エシカルな生活を模索。『SDGs』にまつわる勉強や発信に力を入れ、情報番組コメンテーターとしても活躍。初のフォトブック『のらりとらり。』(小学館刊)が好評発売中。

■長坂さんの活動

世界最大級の電子機器廃棄場であるガーナのスラム街・アグボグブロシー。鉛や水銀、ヒ素などが含まれるガスが立ち込め、命の危険に直面する住民のため、これまでガスマスクを1000個以上提供。

2018年に設立された、スラム初の私立学校「MAGO ART AND STUDY」。子供たちに英語、算数、アート、社会、環境問題を教えている。50年間、長坂さんが亡くなるまで授業料無料を保証して運営。
©MAGO CREATION

日常の延長にあるスラムの苦しみ。地球全体のシステムに変革を

トラ 初めて長坂さんの作品の実物を見たのは、2022年秋に上野の森美術館で開催された展覧会におうかがいしたとき。初期の頃の絵もすごく素敵ですが、ガーナに行かれて以降の作品は気迫が増して語りかけてくるというか、すごいパワーを浴びた! という感覚でした。

長坂 僕の著書を本屋さんで見つけて元々読んでくださっていたと聞いて、気づきの早さに驚きました。

トラ 私自身はシンプルに、将来も幸せでいたいな、という思いなんです。いつか子供ができたら、今のままの世界を残すのはイヤだなって。長坂さんの作品には身近な電子機器が使われていて、「家にある!」と自分の生活を見直すきっかけにもなりました。

長坂 環境汚染も労働問題も、メーカーさん側だけの責任ではなく、僕ら消費者が関わっている。枠を取っ払って、地球全体のシステムに変化が必要なんだと感じ取ってもらえたなら作家としてうれしいですね。

トラ 長坂さんは20代の頃から社会問題に関心が?

長坂 それが全然なくて、むしろこの消費社会で1位を取りたいと思って生きていました。ただ、ある記事に出合い、かつて緑豊かな湿原だったガーナのアグボグブロシーという地区に、先進国から毎年何十万トンもの電子ゴミが投棄され、現地に住む人々が1日500円というわずかな賃金を稼ぐために廃棄物を燃やし、発生した有毒ガスによって命を縮めている…という事実を知って。各国を旅して路上で絵を描きながら、電化製品や服のバイヤーを生業にしてきた自分も、加担しているんじゃないかと責任を感じたんです。この現実から目を背けてはいけないなと。

トラ そこからガーナに通われて廃棄物を引き取ってアート作品をつくり、その売り上げの多くを現地に還元。今では年間1000点もの作品を手がけているとか。

長坂 発表すればするほどガーナからゴミが減りますし、目標は、2030年までに100億円以上集め、現地に最先端のリサイクル工場を建設してスラム街をなくすことです。

世界のために自分の欲も利用する。小さな動きをやがて大きなうねりに

トラ SDGs関連の活動や事業は増えている中、それぞれに役割があるとはいえ、ご自身の命をかけて危険な地域に行かれている長坂さんはやっぱりすごいなと。

長坂 僕は30代までちゃんと就職したこともなく、画家として500軒のギャラリーに売り込みに行っても全滅。32歳で初めて自分のことはあきらめて、人のために生きてみようと思って赴いたのがガーナでした。当時はトマトや玉ねぎを投げられるような状況でしたが、社会に必要とされていない自分には守るものがなく、どこでも行けたんですよね。

トラ 私は、「日本にいて現地に行ってもない自分がSDGsを語っていいの?」と矛盾を感じることがあって。

長坂 僕もアグボグブロシーを知ったときは、これを知識だけで語れないという思いはありました。ただ実際、トラウデンさんが身ひとつで行って安全という環境ではないんですね。例えば、僕らは先進国から送られた大量の服が投棄されているビーチを清掃して、回収した服から肥料をつくるプロジェクトを進めているのですが、その生産施設に貼ってある僕のポスターがナイフで切られていることも(笑)。

トラ 現地のために活動されているのに厳しい…!

長坂 もちろん「マゴのチームなら」と、どこでも入らせてくれて支援を喜んでくれている人も数多くいるけれど、僕らが現地で雇用できているのはまだ25名ほど。「自分には仕事をくれない」と不平等を感じている人もいるし、自国の負の側面を知られたくないという考え方の人たちもいます。

トラ そういった資本主義のリアルなゆがみをご覧になっている長坂さんが、「サステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)」を掲げていらっしゃる点も興味深いです。

長坂 今って、経済成長ありきの資本主義社会からの脱却が提唱されるなど、新たな潮流も生まれていますよね。理想ではあるものの、いきなりゼロリセットはできない。モデルさんを見て「こんなおしゃれをしたい」と思う人がいるから服が売れて生計が立つ人たちがいるように、労働は必要だし、リサイクル工場の建設にもお金は不可欠。移行期である今の社会に実装できる方法を試行錯誤しています。

トラ 社会が変化する中、グリーンウォッシュ=上辺だけの環境対策の問題もあり、見極めが難しいなと感じます。

長坂 あふれる情報には正しい指摘がある一方で、僕はもう少し人間の根本というか、自分の目で見たことを大事にしたいなと思っているんです。もし目の前で子供が転んで血を流していて、自分がハンカチをもっていたら差し出しますよね。現場にいない人に「そのハンカチは本当にきれいなの?」と批判されて何もしない、というわけにはいかない。

トラ 確かに! 私も「やらない善より、やる偽善」派です。

長坂 善悪って表裏一体で全員がもっている。僕だって有名になりたかったし、スラムを題材に絵を描いて評価されている身。世界のために自分の欲も利用してやろう、というのが「サステナブル・キャピタリズム」です。

トラ 長坂さんが「ガーナのスラムをなくす」という目標を達成した世界はどうなると思われますか?

長坂 一匹の蝶の小さな羽ばたきが地球の裏側で大きなエネルギーをもたらす〝バタフライ・エフェクト〟みたいに、世界平和の起爆剤になればいいなと。僕自身は全世界のスラムをなくすことはできないし、ガーナのひとつの町を愛した画家として終わる予定なんです。でも、感動の余波は人々や企業の新たな試みにつながるかもしれない。80億人が自分のできることをしたら世界は変わる、そう信じています。

平和へ祈りを込めた「MOON」シリーズ

同時多発テロが起きたパリを単身訪れ、世界平和への果てしない道に自らの無力さを痛感した長坂さん。ふと見上げた空に浮かんでいたという満月をモチーフに、平和のイメージを伝えている。越前和紙、金箔、墨など日本画材を用いて描かれており、作品内に飛ぶ一匹の蝶は〝バタフライ・エフェクト〟の象徴。

『NAGASAKA MAGO ALL SELECTION 長坂真護作品集』

「サステナブル・キャピタリズム」を掲げ、アートの売上でスラムに教育、文化、経済を還元してきた長坂さんの足跡をたどるアートブック。志ある生き様と斬新なアートの世界観に触れて、環境汚染や貧困の問題を改善するために、自分には何ができるかを考えさせられる。¥2,200/小学館

「世界を変える大きな目標を達成するにはお金がどこに動くか、その仕組みまでつくる」

『数年で人は変わるし、世界も変われる』という可能性が、ご本人からあふれ出している方。人間の白黒つかない矛盾も許容しながら、ガーナのために強い意志で前進されていて尊敬します。私も経済を勉強中なので、自分にできることの幅を広げていきたいな。(トラウデン直美)

目指せ「SDGs」! トラちゃんの今月の一歩

長坂さんの作品を背伸びして購入。人生の原動力に

スラムの人々が拾ったゴミを使って、ドレス姿を描いた作品。モデルは消費と切り離すことのできない職業ですが、社会貢献も両立できる自分になりたいと奮い立たせてもらえる、モチベーションの源になっています。

今月の1冊は…『関ケ原』

最近、興味をもち始めた日本史。天下分け目の決戦を描いた小説を通して歴史に触れるのは楽しいし、自分の住む国のルーツを探ることは世界各国の多様性を認める第一歩な気がします! 

著:司馬遼太郎/¥935/新潮文庫

今月のSDGsブランド「SREU」

ブランド名の由来は、(S)sustainable、(RE)remake/recycle、(U)upcycle。〝一点物の既製服〟と〝古着リメイク〟を軸に、国内で買い手がつかない余剰Tシャツや古着を組み合わせながら、デザイナーの洗練された感覚で再構築。コレクションは、ほぼすべてのアイテムを手作業で製作している。

Tシャツ¥20,900・スカート¥36,300・コート/参考商品(SREU)、中に着たチュールベスト¥9,350(レイ ビームス 新宿<レイ ビームス>)、中に着たスカート¥35,090(GANNI)、イヤカフ[右耳]¥22,000・リング[左手]¥35,200(SUSU PRESS)、イヤカフ[左耳]¥6,600・リング[右手]¥8,800(somnium)
2023年CanCam5月号「トラウデン直美と考える 私たちと「SDGs」より 撮影/石田祥平 スタイリスト/鈴木千春 ヘア&メイク/KIKKU モデル/トラウデン直美(本誌専属) 構成/佐藤久美子 web構成/坂元美月 ◆この特集で使用した商品はすべて、税込み価格です。