「自分がいかに力ない存在かということを身をもって知りました」【映画『永い言い訳』西川美和監督インタビュー・後編】

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■西川美和監督作品史上「最も私自身に近い」主人公。4年間向き合ってできた家族の物語

直木賞候補となった自身の小説『永い言い訳』(2016年10月14日公開)を映画化した、西川美和監督。『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』などで高い評価を得てきた彼女は、Woman Insightがもっとも尊敬し、注目する女性のひとりでもあります。

今回映画化を記念して、待望のインタビューが実現。これまでの作品の中で「最も私自身に近い主人公」と語る最新作とは? 出演者や登場人物の魅力に語っていただいた前編に続き、後編となる今回は、構想から4年、撮影に1年を費やした日々についておうかがいしました。

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◼︎1年にわたる撮影で変わったこと

Woman Insight編集部(以下、WI) 小説の執筆から数えたら約4年、撮影で1年。人物の1年の変化がリアルに感じられるのも、この作品を楽しむ要素です。

西川美和監督(以下、西川) 撮影にかかった1年の間で、子どもたちはずいぶんと大きくなりました。本木さんは夏編から冬編の間に体重を8キロ落としてスリムになりました。私自身はといえば……、どう変化したかは、映画が公開されて、お客さんの手にわたって、それからようやく振り返ることができるような気がしています。 今回はいつもにも増して原作の執筆期間が長く、小説から脚本にする期間で2年以上もたっているので、その間ひとりで机に向かう時間が長かった。それは、自由で気楽でありつつ、孤独で寂しい作業でした。一方でその後の撮影の期間は、ご褒美の1年みたいなもので、楽しい時間でした。スタッフや俳優陣に囲まれ、共同作業をできる幸せを、日々感じて。映画という大きな荷物を背負う責任感やプレッシャーはありますが、同じくらいみんなの働いている姿が美しく、感動もありました。

 

WI  その間、見た目にも中身も成長する子供たちですが、ご苦労も多かったのでは?

西川 もともと、子供たちを虚構の世界に引きずり込んで、何かを強いるのは、キツいことだと思っていました。それもあって、子役と仕事をするのは苦手意識が強かったのですが、今回はあえてやってみようと。これまで子役を相手にすると、機嫌が悪くなったり演技の幅に限界を感じたりした瞬間に、「もういいでしょう」と手綱を緩めていたところを、あえて心を鬼にすることもありました。少し待ってみたり、違うアプローチをしてみたり。この映画は、「自分が得意としていないことと関わり合いながら変化していく」物語。まさに私もその中に飛び込んだ気分でした。

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西川 その結果は……。玉ちゃん(大宮灯を演じた白鳥玉季)は2時間たつと電池が切れて完全にコントロールが利かない状態に陥ってしまうし、健心くん(大宮真平を演じた藤田健心)は精神的に追い詰められていったり。思うようにならないことばかりでした。自分がいかに力ない存在かということ、子供は大人の意のままになる存在ではないということを、身をもって知りましたね。

 

◼︎フィルムの質感、映画づくりの原点に戻って

WI その想像を超えた子供たちの動き、成長ぶり、そこから生まれる家族の温かさは、まるでホームビデオを観ているようでした。

西川 16ミリのフィルムカメラを使った撮影が、今回の小さな物語にはぴったりはまったのだと思います。私自身は助監督時代にフィルム撮影を体験していましたし、もう一度原点回帰して、自分が最初のころにやっていた現場を思い出して。ドキュメンタリー番組や記録映画を手がけたベテランカメラマンの山崎裕さんと相談して、フットワークよく子どもたちの動きにも合わせて撮ることができました。

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西川 今あたりまえになっているデジタル撮影の利便性の良さなどは、何にも代え難いものがあります。でもそれゆえに、人間としての五感や第六感が鈍くなっていくことも感じていました。それに、カメラマンがのぞいている画が大きなモニターですぐ観ることができると、監督はカメラの横にいなくても済んでしまうし、当然俳優との距離も遠くなる。16ミリフィルムを使うことで、映画づくりの原点に戻ることができ、フィルムならではの粒子や手触り感のある質感に加え、後処理に現代技術を取り込むことで、微妙な色味の調整や細かい補正も出来て、さらに質の高いきれいな仕上がりになりました。撮影から編集までの時間も長く取ることができたので、その間に迷うという贅沢な体験もでき、「豊かさ」が画面にも出ている気がします。

 

程よくアナログ感のある画面によって、観る側が家庭の光景に入り込んで、共に体験している感覚になるのが、この映画『永い言い訳』。そして、終わってみれば、愛する人や家族を大事にしようと思えます。これは、「子役が苦手」と言い続けてきた西川さんが、自分と向き合い、子供と向き合い、迷い悩みながらも、時間をかけてつくりあげた成果でもあります。

西川さんならではの丁寧な職人仕事は、人の心を動かす力をもっています。

 

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西川美和(原作・脚本・監督)

1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。在学中に是枝裕和監督作映画『ワンダフルライフ』(99)にスタッフとして参加。フリーランスの助監督として活動後、02年映画『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。06年長編第二作映画『ゆれる』を発表。09年『ディア・ドクター』を発表し、本作のための僻地医療の取材をもとに小説『きのうの神さま』を上梓。

11年小説『その日東京駅五時二十五分発』、12年映画『夢売るふたり』を発表。

15年小説『永い言い訳』を上梓し、初めて原作小説を映画製作に先行させた。16年10月14日より、最新映画『永い言い訳』が全国公開予定。連載中のエッセイに、「映画にまつわるxについて」(J-novel/実業之日本社)、「遠きにありて」(Sports Graphic Number/文藝春秋)がある。

★映画『永い言い訳』については公式HPをチェック!

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