『源氏物語』という名前を、まったく知らない、という日本人は、おそらくなかなかいないはずです。
宮中に仕えた紫式部が見聞きしたことを、高い教養と豊かな感性を駆使して刺激的なラブストーリーに仕上げたのが『源氏物語』。文学のみならず、ここから発想を得て制作された絵画や工芸品も多数。
この恋愛小説が千年もの時間を越えて愛されるのには、いったいどんな理由があるのでしょうか。作家の林真理子さんが語る『源氏物語』の魅力を、『和樂』2016年10・11月号よりご紹介します。
【1】超過激。恋愛のあらゆるパターンがここに。
世界最古の長編恋愛小説『源氏物語』に登場する恋愛嗜好は、非常にバラエティ豊か。主人公の光源氏だけでも、不倫、略奪愛、ロリコン、男色、熟女愛などさまざま。強引に関係を持つエピソードも多く、忍び込んだ先が相手違いでも「あなたのことを長い間慕っていたのです」とうそぶく……。
「空蝉(うつせみ)」という帖のなかには、「むっちりして美人のいかにも男ウケする娘」よりも、「髪も薄くなってやせこけた年増の継母」にグッときてしまう、というエピソードも。ステレオタイプの恋愛ではなく、あらゆるパターンで攻めてくる。そんな予測不能の過激さが、『源氏物語』の魅力のひとつです。
【2】自然、風物の描き方が秀逸。美しすぎる文章
かといって、ただただ過激なだけではない。紫式部が紡いだ言葉の数々は、情景描写などにみられるように、非常に美しい文章です。
山の景色ひとつを語るにしても、肌に触れる風の感触、湿り気、匂い、鳥のさえずりや木の葉が触れ合う音、川のせせらぎなど、あっという間にその空気感に包まれてしまいます。自然だけでなく、女君が恋文を開いた瞬間には、恋文に焚きしめられた香が漂ってくるような……。
日本語の豊かな表現と紫式部の美しい文章が、世界に誇れる文学を生みました。数ある現代語訳はもちろんですが、一度原文にチャレンジしてみるのも、また一興。まさに「声に出して読みたい日本語」です。
【3】きもの、香、和歌。日本文化の美が凝縮。
宮仕えをしていた紫式部だからこそ描けた、平安京での貴族たちの暮らしぶりや習慣を垣間見ることができるのも、『源氏物語』の大きな魅力です。
たとえばお屋敷では、ことのほか庭を重視し、春の花、夏の涼や池、秋の紅葉に冬の雪景色と、四季を楽しむ工夫はつきません。さらに、貴族の装束や仕えの者たちが着るきものは、季節を映したり、吉祥を取り入れたものでした。
物語のなかで頻繁に登場する「手紙」もそう。和歌を詠み合う当時の恋文は、極上の和紙や華麗な料紙にしたためられ、和歌や筆跡からは教養を、選んだ紙や焚きしめられた香りからはセンスを読み取ることができる手紙は、日本文化満載の小道具。
物語の面白さのみならず、さまざまな日本文化の美に触れることになる……その点でも、世界に誇れる小説です。
【4】何度も繰り返す因果の妙、そして死生観
この物語は「リフレイン」がカギでもあります。たとえば、光源氏が人妻と不倫すれば、妻も光源氏を裏切る。父親の妃である藤壺と通じて子を設けたように、自分の息子は妻の女三の宮と、甥っ子である柏木との不義でできた子(しかし、ホント過激です)。つまり、因果応報。これがなければただの王宮小説のひとつだったかもしれませんが、後半になるほど、これもあのときの因果応報か、とわかってくるので、心理小説のような魅力が出てきます。
また、光源氏を中心に、父の桐壷帝から、孫までの4世代にわたるこの物語から見えてくるのは、紫式部の死生観。物語が書かれた平安中期は、阿弥陀信仰や浄土思想がブームになった時代です。紫式部自身の妻や母としての喜びや、夫との早い死別の体験が、この物語の全編に漂う「生と死への洞察」につながっています。
学生時代に古文の授業で少しだけ読んだことがある、あるいは日本史の授業で名前だけは知った……あらゆるパターンで、日本人は『源氏物語』を知る機会があります。
大人になってから、学校の勉強と離れた場所でその物語を楽しむのも、なかなか乙なもの。
しかし、何から手をつければいいかわからない……という方は、まずは『和樂』で林真理子さんが連載していた、『源氏物語』を新解釈&再構築し、現代の私たちが読んでも腑に落ちるように書き上げられた『六条御息所 源氏がたり』からスタートするのもおすすめです。「源氏物語って、こんなに過激で面白い話だったの!?」と驚くこと間違いなし。是非、書店でお手に取ってみてくださいね。(後藤香織)
★詳しくは『和樂』2016年10・11月号(小学館)に掲載
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