「自信が持てないなら会社辞めちゃえ!」人気作家岸田奈美さんが語る、会社員時代と独立までの話。

11月19日発売のCanCam1月号の「20代の転職」企画に登場していただいた、note発の人気作家・岸田奈美さん。会社員時代からnoteで書いていたエッセイが何度も話題になり、2019年に作家として独立。そして2020年9月23日に発売された初単行本『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』も大好評発売中です。

CanCam.jpでは、本誌では誌面の都合で載せきれなかった「会社員時代から独立までの話」「仕事論」を、たっぷりのボリュームでご紹介します。


Q.改めて、作家として独立する前はどのようなことをしていたのでしょうか?

「亡くなった父のようにビジネスをしたい」「車椅子の母のために何かがしたい」という想いが強くあり、ビジネスと福祉を一緒に学べる学科が日本でただひとつ関西学院大学にありまして、そこに入学したところから始まります。ひょんなことから「バリアは価値に変えられる」という「バリアバリュー」を企業理念とした福祉ベンチャー起業「ミライロ」の創業メンバーになり、10年間そこで働いていました。その会社は要するに、障害のある人の目線を活かしながら、世界をもっとバリアフリーにしていくにはどうしたらいいかというアドバイスやコンサルティング、研修などを行う会社です。いずれはそこでお母さんを雇用したいと考えて仕事をして、入社して3年後に母を社員として迎えました。

仕事内容は総合職で、営業、営業事務、研修講師…なんでもやりました(笑)。ただ、途中で「私は何かがおかしいな」ということに気づきまして。そんな気はまったくないのに書類をなくしたり、約束の時間に遅れたり、議事録をちゃんと取れなかったり…「営業として普通にやらなければいけないこと」がなぜかできないんです。それでどうにも疲れてしまって、どうしよう…と思い悩んでいるときに、失敗し続けているのを見かねた上司から「広報をやらないか」と提案されて、ひとりでゼロから広報を担当し、独立するまでの間ずっと広報を務めていました。

Q.広報に移ったあとはどうでしたか?

いざ広報に移るとすごく楽しくて、向いていたと思います。「どうすれば好かれるか」を考えるのが得意で、自分が大好きな人やことを伝えて、一緒に好きになって面白がってもらう物語を語るのがすごく好きだったんですよね。他社の広報の方に「普通はそこまでやらない」と言われるくらい、とにかく徹底的にやりました。たとえばプレスリリースひとつ書くにしてもどれだけ面白く書けるか工夫したり、どうしても『ガイアの夜明け』に取材してほしいと思ったときは、仕事が終わったあとに毎晩夜を徹して数年分の番組を見て傾向を掴みました。その上で企画書を書いて送ったら「この企画書、そのまま会議に出せますよ」とディレクターさんに連絡をもらって取材していただいて、会社に仕事が舞い込むきっかけになったり…。とにかく広報の仕事は「好き」に溢れていました。

Q.それでも独立を選んだきっかけはなんですか?

会社の社員が50人を超えた頃くらいですかね、また失敗が目立つようになったんです。
メンバーが3人だった創業期は、私の得意分野である「パワー・インパクト・衝動」が求められるフェーズでした。でも、50人もいれば、中小企業に移行するタイミングで、ルールや計画性が大事になります。当然「計画を立て、仲間とコミュニケーションを取りながら抜け漏れなく仕事をこなしていくこと」が求められるようになりましたが、それが私にはどうにも難しかった。それがきっかけで他の社員と衝突することが増えてしまって…いくら創業メンバーとはいえ「岸田だけ特別扱い」はできない。おそらく、社長も困っていたと思います。コミュニケーションがうまくいかず、休職を選びました。
その間にnoteでエッセイを書き始めたことが人生の転機です。まずダウン症の弟を自慢するつもりで書き始めたら…それは最初は読まれなくて(笑)。その後2019年の夏に書いたブラジャーの話と、「赤べこ」と呼んでいる話がものすごく読んでいただけて。なんと糸井重里さんや前澤友作社長など、多くの方に褒めていただいてものすごく嬉しかったんです。
その中で今私が所属しているクリエイターエージェンシー・コルク代表の佐渡島庸平さんに出会って「岸田さんはめちゃくちゃ珍しい『誰も傷つけない笑い』を書く。傷ついて苦しんできた経験がある人だから、こういう面白い文章が書けるんだね」と言っていただいたことが大きな気づきになりました。父が突然心筋梗塞で亡くなったり母が突然車椅子生活になったり弟がダウン症だったり「人にできて、自分にできないこと」が多数あったりと、自分がマイナスや欠点だと思っていたことが、エッセイを書いてみたら全部がプラスになったんです。
会社員時代は「とにかく社長にどれだけ認められるか」が大事で視野がちょっと狭くなっていましたが、エッセイの世界は「自分のマイナスや欠点さえもひっくるめて褒めてもらえる場所に変わる」と気付いて、佐渡島さんにマネジメントをお願いすることにして、会社を辞めました。

Q.会社員時代の仕事が今に活きていると思うことはなんですか?

まずは広報をやり始めてから、徹底的に「文章を書くこと」に費やしたことです。この土台があって初めてnoteのエッセイを書くことができたと思うので、この機会を与えていただいた会社には本当に感謝しています。
広報生活最初の2年は、とにかく「敬語ができているか」「ですますができているか」「表記ブレしていないか」の基礎をみっちりとやったんです。そこから3年くらいかけてA4のプレスリリースに文字を書くことを学んで、文字制限がある中で長い文章を短くするとき、どうしたら目立てるか。どう見出しをつけたら読んでもらえるか、編集能力が身につきました。
大企業の会社員だったらそれをすべて誰かに教えてもらえたかもしれないけれど、私はひとり広報だったので教えてくれる人が誰もいませんでした。だから時間はかかりましたが、試行錯誤したぶん、他の人より個性が出せるようになったんではないかと思います。
ただ、実は私は「文章」だけ見ていたらまだそこまで文章がうまいわけじゃないし、「文章」というジャンルだけで勝負すると勝てない人がたくさんいて、トップにいこうと思ったらめちゃめちゃ時間がかかるんですよね。だから私はそこに他の武器を掛け合わせて、トップになれる場所を探すんです。

Q.「武器の掛け合わせ」とは、たとえばどういう掛け合わせでしょうか?

私は「書くのが早い」と「SNSのキャラクターとエッセイが同じ」ということを使っています。「SNSのキャラクターとエッセイが同じ」って、たとえばエッセイを書く人はそこまでSNSをやっていなかったり、意外とこれまで人がいないポジションだったんですよね。それにずっと広報で「何かをPRすること」を鍛えてきたので「ここまで自分自身をPRできる」という人もなかなかいない。
そうやって「掛け合わせること」は武器になります。私は20代のうちにベンチャー魂や広報力、文章力、愛し力、愛されるにはどうしたらいいか考えられる力など、好きなことや得意なことをどんどん身につけて、掛け合わせて武器にしています。
とにかく「どこであれば自分がトップにいられるか」を考えるようにしていて、会社員時代は「面白い文章が書ける広報」でトップをとっていました。ただ、いくらトップにいたとしても、その「面白い文章が書ける広報」としての道を続けないのか…と聞かれると、ベンチャーの広報として、やれることはもうやり尽くしたので、違う道で独立することにしました。

Q.その「トップが取れるような得意分野」はどう見つけるといいですか?

「好き・得意・向いていること」は意外と自分で見つけるのには限界があって、人に見つけてもらうほうが見つかります。子どもの頃「絵を描くのが好きだった」「走るのが好きだった」って、もし宇宙にひとりでいたとしても自分自身が心から本当に好きなパターンもあるにはあるんですが、よく考えると「親や誰かに褒められたから」ということが多いんです。そのくらい「誰かに褒められること」はモチベーションになります。
「好きがなかなか見つからない人」は、おそらく「自分がやったものを外にぶつける回数」が圧倒的に少ないんじゃないかと思います。とにかく何かをして、誰かに反応をもらって、褒めてもらえる部分に特化する。やって人から反応をもらうことを繰り返すうちに、どんどん見つかってくると思います。
ただ、いきなり知らない人や世間に自分がやったことをぶつけるのが怖いなら、友達や会社の上司に「私のどこがいいか」を聞いてみるところから始めてもいいと思います。もちろんお世辞もちょっと入ってきてしまうことはあると思うんですが、その中でふたり以上に同じことを言われたらそれは真実だと思います。

Q.改めて会社員とフリーランスを両方経験してみて、会社員のメリット・デメリットはなんだと思いますか?

メリットは「心と体の安全を保ちつつ、スキルアップができること」
そして同じ「会社員」といっても大企業と中小・ベンチャーでは性質が違うので、自分がのびのびと「好きな自分」でいられる環境を選んだほうがいいです。
たとえば大企業だとある程度「長いものに巻かれる」が好きな人だと向いていると思います。教育体制が整っているので、最短スピードでどんどん学んでいけます。
中小・ベンチャーだと、ものすごく自由に仕事をしている実感を持ちながらも、最終的なリスクは会社が取ってくれるところが良いですね。

デメリットを挙げるなら、やはり「守らなきゃいけないルールがある程度多いこと」。
会社員である以上は、会社のルール、規則、そして会社によっては理不尽なことにも従わなければいけないことが出てきます。

Q.フリーランスのメリット・デメリットは?

メリットは仕事の時間やペースを自分で決められるようになること。自分が伸ばしたいと思っているスキルや才能に時間を全振りできます。
デメリットというかすごく大きな変化として「本当の意味での、心理的な仕事の味方」がいなくなります。企業さんとやりとりしていても、急に異動があって担当が変わると同時にいろいろなことが変わることもあります。
ただ、私はフリーランスといっても、クリエイターエージェンシー・コルクの佐渡島さんにマネジメントをお願いしてるので、佐渡島さんが心強い味方になってくれています。もしそこに所属していなかったらきっと1年で折れていたと思います(笑)。コルクはクリエイターのためのエージェントなので「私に元気で気持ちよく仕事をしてほしい」という思いがあります。味方がいるのは本当に心強いので、味方になってくれるパートナーのような人がいたほうがいいと思います。
会社員とフリーは人間関係の構築の仕方に大きな違いがあって、会社員は「みんなと広く浅く調和してうまくやっていく」のが必要。フリーランスは「有象無象のたくさんの人の中から、どれだけ強い信頼関係を築けるか」が重要になります。

Q.仕事を辞めるかどうか悩んでいる場合、どうしたらいいですか?

もし今の自分に自信が持てなくて会社を辞めるか悩んでいるなら「辞めちゃえ辞めちゃえ!」と言いたくなります(笑)。私は安定や世間体よりも、楽しいかどうかを選びました。「自分に自信を持てること」って、本当にとても嬉しいことです。自分が得意なことをして褒めてもらえて、モチベーションを保てる居場所を見つけてほしいです。私も人が普通にできることがどうしてもできないなど欠点はたくさんありますが、人は適材適所だから、ダメなところを無理に直すより、いいところに着目して、好きなことや得意なところを伸ばしたほうが、むしろ欠点を補えます。
あと、個人的には「仕事に愛を認識できなくなったら、今の仕事を辞めたほうがいい」と思います。働いていたら誰でも「仕事はイヤだけど、ここだけは好き、愛せる」という部分があるはずです。それは仕事内容でも、仕事による収入でもいい。でも「この仕事内容でこの収入は愛せないなあ〜」となったら、それはやめてもいいと思います。
基本的に「これをやっている自分を愛せない」ものは、やめたほうがいいです。たとえば私はマツコ・デラックスさんのようにズバッとかっこいいことを言える毒舌キャラに憧れて、そういう発言をしてみた時期もあったんですが、それは自分の中にどこか違和感があった。毒っけのあることよりは、ハッピーで面白いことで好かれるほうが好きだなと気づきました。
仕事は「自分の居場所」なので、好きやハッピーがあるところを選ぶといいと思います。

 

Q.どうしたら自分がいるべき「居場所のような仕事」を見つけられますか?

これも好きや得意を見つけるのと同様、とにかく多くの人に関わってみるしかないと思います。私の場合はnoteというプラットフォームで作品を発表してみたことがスタートですし、たとえばNewsPicksのコミュニティに入ってみるなど、自分から積極的に他のコミュニティにどんどん行ってみると見えてくるのではないんでしょうか。もし何かうまくいかなかったらそこから離れればいいんです。
そして、人に愛してもらうためには、自分から愛する必要があると思います。誰かに会っては、人に何かを与えていく。「私はこの人に喜んでもらうためには、何ができるか」を考えるんです。たとえば私の特技は「文章を早く書ける、思いをしっかり伝えられる」。だから、本をいただいたら読んですぐに感想を書いてお伝えしたりSNSにアップしたりします。まずは「自分から何ができるか」です。
ただ、一方的に求めてきて搾取してくるような人からは離れたほうがいいと思います。Giveしてくれる人と、お互いに与えあっていくのが幸せな形だと思います。

Q.岸田さんにとって、仕事ってなんですか?

お金をいただきながら愛のおすそわけができること。
私にとっては、仕事と人生は切り離せない存在です。人間って本能的に「愛する」と脳みその幸せ指数がめちゃめちゃ上がると思うんですよ。そのくらい本来「愛すること」って、みんながやりたいこと。私にとって今の仕事は、お金をもらいながら素敵だと思ったことや面白いなと思ったことを伝えて、愛のおすそわけができること。そうやって幸せなことをしてお金をもらえて生きていけるって、すごく幸せなことです。

人生、仕事、そして愛すること。「傷ついてきた」経験が多い岸田さんの言葉はどれも優しく強くあたたかい。今、仕事について悩むときがあったら、思い出してみると、何か大きな力になるはずです。。
その他、書籍やnoteでも、岸田さんのお仕事の話が多数語られています。ぜひ合わせてチェックしてみてくださいね。

 


『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』
岸田奈美・著
1,300円+税(小学館)

岸田奈美
1991年生まれ。兵庫県神戸市出身。関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒業。「バリアをバリューにする」株式会社ミライロで広報部長をつとめたのち、作家として独立。100文字で済むことを2000文字で伝える作家。一生に一度しか起こらないような出来事が、なぜだか何度も起きてしまう。
Twitter @namikishida
Instagram @kishidanami
note キナリ★マガジン https://note.kishidanami.com
撮影/諸田梢 構成/後藤香織