2010年のメジャーデビュー以降、『福笑い』『明日はきっといい日になる』といった名曲を世に送り出してきた高橋 優さん。聴く人を後押しするような、ポジティブなエネルギーに溢れる曲が魅力の作り手です。
ところが、10月24日発売のニューアルバム『STARTING OVER』収録曲『ストローマン』には、一見これまでの彼自身を否定しているともとれるフレーズが。 あなたもまっすぐいることを諦めてしまったの? それとも、今までは本来の自分を出せていなかった? そこのところ、どうなんでしょうか。
■いい人って言われてうれしい人はいない
CanCam.jp編集部:ニューアルバムの収録曲『ストローマン』を聴いて少し心がざわつきました。これはいわゆる「藁人形論法」のことを歌っているのだと思うですが、ご自身も巻き込まれた経験があったりするんでしょうか?
高橋 優:直接的には思い当たらないですけど、多かれ少なかれみんな経験しているんじゃないですかね。都合のいいところだけ抽出されて、いいように言われた経験。
編集部:他にも<次は誰が標的か教えてよ><全員がパパラッチ>とシニカルな歌詞が並びます。中でも、<分かり合ってたい とか歌ってた いけ好かない眼鏡のケツを蹴とばせたならねえ>というくだりがひときわ印象的です。誰のことなのか気になるところですが、これは……?
高橋 優:まあ自分ですね。今までさんざん、明日はきっといい日になるとか、世界の共通言語は笑顔とか歌ってきましたけど、「そうもいかない」ときもやっぱりあるじゃないですか。そういうことを、他でもない僕自身がこうやって曲にしたら、クスッと笑ってもらえるかなって。
編集部:なるほど。この曲に限らず、ご自身を俯瞰されているからこそ出てくる言葉が今作には多く見られるように思います。そういった点で、他にも印象深い曲は何かあるでしょうか?
高橋 優:例えば『いいひと』ですかね。この曲は変わった作り方をしました。スタッフに「いい人」ってテーマで曲書いてみたら?って提案されたんです。今までは僕あんまり提案もらっても乗らなかったんですけどね。でも今回は的を射た、自分としてもキュンとくるテーマだったので。
編集部:キュンと。
高橋 優:……いい人って言われてうれしい人いないじゃないですか?
編集部:(笑)。まあ、何かの言い換えであることが多い言葉だとは思います。あとは、「何が」いいのかって話ですよね。
高橋 優:そうです、「都合の」いい人とか。
編集部:「どうでも」いい人とか。
高橋 優:そうですそうです。そういう「いい人」と言われている人たちがクスッと笑えるものになったらいいなと思ったんです。2分くらいで短くまとめた曲なんですけど、それくらいの軽さがいいかなと。自分で聴いてもなんだか笑えてきますね。
編集部:先ほどの『ストローマン』についても似た言葉をいただきましたが、「クスッと」なんですね。聴く人の留飲を下げるという点では一緒かもしれませんが、「怒りを共有する」のではなく、「クスッと」を目指している?
高橋 優:そうですね、一緒に怒ってあげる、煽るっていうのはちょっと違うかなと。それこそ「メガネのあんちゃんがなんかギャーギャー言ってるな」ってくらいでいいんです。
■そっくりさんのふりをして飲み会に
ニューアルバムについて話を訊く中で、高橋 優という作り手の、抜群のポップネスの裏にある一筋縄ではないところ、清濁併せ呑む部分が垣間見えてきました。話題はプライベートな話へ移っていきますが、ここでもまた驚きの言葉が。
高橋 優:知らない人も何人かいるご飯会に呼ばれたりすると、「似てない?」って言われたりするわけです。「なんだっけほら! あの『明日はきっといい日になる』の人!」とか言って。そういうとき、選ぶんですよ。
編集部:選ぶ?
高橋 優:自分が高橋 優だって言うか、言わないかをです。「よく似てるって言われるけど、マジでイヤなんだよね!」って言って、別の人になっちゃうこともよくあって。
編集部:そんなことを。でも、怖くないですか? それに乗っていろいろ言ってこられたり……
高橋 優:しますね。でもそういう言葉って貴重じゃないですか。高橋 優を好きじゃない人は、高橋 優のいないところで高橋 優について何を言うんだろうって。そういう遊びをしたりしますね。
編集部:そういうシニカルな部分って、今までの作品に直接的には見られなかったと思うんですが、『ストローマン』をはじめとして、今作では滲み出ている部分があるように思います。
高橋 優:なんか……「みんなで笑顔になれたらいいな」って歌ってる反面、「みんなが同じことで笑ってたら気持ちわりいな」って思う自分もいるんですよね。そういう自分の中にある矛盾を、最近まで出さないようにしてたところはあったかもしれない。
編集部:そうですよね。今作では、そういった新しいモードを感じたんです。
高橋 優:最近は、そういうところも含めて自分なのかな、と思うようになってきて。
編集部:何か具体的なきっかけがあったということではなく……?
高橋 優:自然と、ですね。キャリアなのか年齢なのか、自分にとっては、今がこういうことをやるのにちょうどいい時期なんだと思います。
■直球のポップスを作っている自分を俯瞰して笑う
編集部:今回のアルバムで、ひときわ異彩を放っているのが『Harazie!!』。歌詞カードを読んでもちょっと何を歌っているのかわからなかったんですが、この曲は……?
高橋 優:秋田弁で歌った曲ですね。「はらつぇ」って読むんですけど、腹いっぱいって意味で、「もう食べられないよ」って言い続けてるだけの曲。田舎のおばあちゃんおじいちゃんって、もういいって言ってるのに食え食えってどんどん食べ物よそってきたりするでしょ。それを歌ってるんです。
編集部:曲中で繰り返される「け!」というのは、単なる掛け声かと思ってましたが、もしかして「食え」の訛り?
高橋 優:ですね。「け! け!(食え! 食え!)」ってことです。秋田弁のリズム感を活かした、完全にノリ重視の曲ですね。
編集部:なるほど。ちなみに、今回の収録曲の中で、一番難産だったものってどれでしょうか。
高橋 優:『ありがとう』ですね。なかなか歌詞ができなくて、ファストフード店で深夜から朝まで考えました。
編集部:時間がかかった理由はなんだったのでしょう。
高橋 優:これは家族のことを歌った曲なんですけど、僕子供いないし、親目線の言葉はどうがんばっても嘘っぽくなるって思っちゃって。最終的になんとか自分で納得いく言葉をひねり出したんですけど、時間がかかりましたね。
編集部:歌詞はよく外で考えるんですか?
高橋 優:普段は部屋でなんですけど、行き詰まっちゃったので、珍しく外で考えるかと思って喫茶店へ行ったんです。けど22時で閉まっちゃって。それでファストフード店へ。
深夜のファストフード店ってドラマがありますよ。泣きながらコーヒー飲んでる人がいたりとか、こぎれいな女性が特大のハンバーガーを2~3個黙々と食べてたりとか。
編集部:かなり混沌とした雰囲気の中での作業だったんですね。
高橋 優:そんな中で『ありがとう』って曲を書いてる自分がおもしろかったりしましたね。こんな所で『ありがとう』って……、何やってんだろう俺って。
■感動が薄れていく危機感
編集部:では反対に、完成までが一番早かった曲を伺って、インタビューを終えたいと思います。
高橋 優:『美しい鳥』ですね。これは楽しく書けた曲です。
編集部:この曲では、値打ちや「いいね」にとらわれず、いいものをいいと思うこと自体がすばらしい、といったことが歌われています。そういったことについて、何か考えさせられる出来事があったんでしょうか?
高橋 優:そうですね……、子供の頃って、ただ走ってるだけで幸せだったじゃないですか? 大人になるにつれて、感動することって減ってきた気がするんですよね。ディズニーランドなんて、パレードの電球1個1個が星みたいに見えてたでしょ。こんなに綺麗なものがあるのか!って。
でも最近、姪っ子を連れていくようになったんですけどね、パレ―ド観てても「次はどこ行こう」「食事はどこで摂ろう」とか考えるようになっちゃって。
この仕事していて、感動が薄まっちゃうのは本当に致命的。心の中ではいつも飛び跳ねてる自分を持っておきたいですね。
今までにない、冷静に自分を俯瞰した一面を見せてくれた高橋さん。
別れ際、「今作で垣間見えたようなダークな部分をそのままぶちまけたくならない? 自分に制限をかけているところはないですか?」と質問を投げかけてみました。
「自分で自分に制限をかけるようなことはないですね。何か表現が過激すぎた場合は、スタッフが『高橋、このままじゃさすがに発売できないわ』って言ってくれる。そういうスタッフが何人もいてれくれることが、今僕にとって何よりの財産なので」
そう言ってはにかんだ表情は、きっと明日は素晴らしいと歌いながら世に現れた当初と何も変わらない優しい顔でした。
(取材・文:渡辺雅史)