疲れた、何もしたくない、なんとなく憂うつだ…。
なんとなく人生に疲れている人はもちろん、日々楽しく充実しているはずの人でも、忙しさが一段落したタイミングでふっと糸が切れたタイミングや、明日以降やることを考えて重い気持ちになってしまう夜など、誰しもが通る道です。
この「あるある」なお悩みを解決する方法について、「おおざっぱに笑って健康に生きる」をモットーに活躍する「ラフドクター」、精神科医・産業医の井上智介先生にうかがいました。
疲れたし、何もしたくない。でも休むのは罪悪感。どうすればいい?
Q.仕事も人間関係も全部疲れてしまいました。何もしたくないです。でもダラダラ休むのも罪悪感があります。こんなときはどうしたらいいですか?
A.もっと罪悪感を手放して、自分を許して、心の声にしたがって休みましょう。
体はわりと健康だけど、なんとなく無気力が続いている、惰性で生きている感じがする…。そう感じるあなたは、きっと日々、たくさんのことを頑張ったり、考えたり、向き合ったりしていらっしゃるのだろうと思います。まずは、本当にお疲れ様です。
「きっとこんな風になっているのって自分だけなんだろうな、周りはもっとキラキラして、人生を楽しんでいるんだろうな」と思っているかもしれません。でも実は、この状態になっている人は、あなたが思っているより多いです。だからどうか、自分を責めないでください。
見ていると、年齢を重ねるごとに、こういう状態に陥る方がどんどん増えていきます。責任感や周囲からのプレッシャーが増えてしんどくなり、無気力になってしまう…。それは仕方ないことです。だからこそ「削られていくエネルギーを、意識的に補充していくこと」がとても大事です。何もしたくないときは、心が「休みたい」と言っている証拠。その心の声にしたがって、素直に休んでくださいね。
ただ、休むにあたり罪悪感を感じる、という「罪悪感との戦い」はなかなか難しい問題です。「罪悪感」は、僕たち精神科医の世界では「自分に向けられた怒り」と解釈することが多いんです。そうやって自分に怒りを向けずに、もっともっと自分のことを許してほしい、と思います。
では「許す」とは何でしょうか。
それは「妥協」です。
こう聞くと驚かれるかもしれませんが、なんらかの罪悪感を感じて苦しいときは、もっと妥協したほうがいいときです。そう、「自分への罪悪感」は、大半が感じる必要のないものです。でも「こうなりたい、こうでありたい」という理想があって、そこに達していないからこそ、イヤな気持ちになって、それが「罪悪感」となってしまいます。
でも、そうやって頻繁に辛さや罪悪感を抱いているなら、少しだけ考えてみてください。その「理想」は、実現可能なものですか?
自分ができる限界よりもずっと高い理想を掲げて、理想と現実のギャップに苦しんでいませんか? もしそうであれば、その状態はどこまでいっても辛いものです。自分の人生を、肩の力を抜いて、がんばりすぎずにいい塩梅で生きることに、罪も悪もありません。
「こんなんじゃダメだ」と思い続けるよりも「一旦このくらいでもいいんじゃない?」「自分なりには頑張っているよね?」と自分へのハードルを下げること。「今の自分でもいいんだ」と許す選択肢を選んで、回復するまで、ゆっくりと休みましょう。
井上智介先生
精神科医&産業医
「おおざっぱに笑って健康に生きる」をモットーにした「ラフドクター」として活躍中。書籍多数。近著に『がんじがらめの心がラクになる「呪いの言葉」の処方箋』『この会社ムリと思いながら辞められないあなたへ』など。