大人気漫画「チ。―地球の運動について―」がついに完結!作家・魚豊×声優・津田健次郎が魅力を語り尽くす

「チ。―地球の運動について―」ついに完結!魚豊×津田健次郎、情熱が理屈を超えてしまった人間たちの物語を語り尽くす

「地動説を証明したい」そんな情熱が理屈を超えてしまった人間たちの物語、『チ。―地球の運動について―』。アニメ化も発表され、さらに話題の作品の完結を記念して、作者の魚豊さんと、愛読者で声優の津田健次郎さんが「チ。」の魅力を対談形式で語ってくれました。

「どうもー」の一言でノヴァクの人間性が伝わってきた(魚豊)

津田健次郎 単行本最終8巻の発売と「手塚治虫文化賞」史上最年少受賞、おめでとうございます! 実は僕、単行本の第1巻から「チ。」にドハマリしておりまして。「こんなに知的で熱くなれるマンガはほかにない! 1人でも多くの人に読んでほしい!」と周囲に言い続けてきたんです(笑)。

魚豊 僕も以前から津田さんの大ファンで、いろんな作品でお声に親しませていただいてきたので。自分が今こうして向き合っている状況が信じられない。夢見心地と言いますか。

──津田さんは最近、テレビ番組で、「アニメ化したら絶対演じたい役」として「チ。」の異端審問官ノヴァクを挙げておられましたね。

津田 ノヴァク、めちゃくちゃ好きなんですよ。生身の役者と同じで、マンガのキャラにも“華”のある人ない人がいますが、あの男は強烈に人を惹き付ける何かを持っている。それもポジティブな方向性じゃなく、“悪の華”なんですね。それでいてステレオタイプな悪役とは違う。悪の存在は視点の置き方によって変わりますが、彼は自分が悪だと微塵も思ってないでしょう。

魚豊 僕もそう思っていました。言ってみれば、悪の自覚なき悪。それは、「チ。」で描きたかったテーマの1つでもあるので。おっしゃっていただけてうれしいです。テレビ番組の映像で「チ。」のコマに声を当てている映像も拝見しましたが、津田さんの演技がまた素晴らしくて。それこそ生身のノヴァクが立ち上がってくる感じがしました。それで今日はぜひ、いろんなお話を直接伺ってみたいなと。

津田 僕もホッとしました。原作者の先生がどう受けとられたのか、ちょっとドキドキしながら来たので(笑)。

魚豊 いきなりの質問で恐縮ですが(笑)、マンガをアニメ化する際、声優さんは読者であると同時に、演じ手にもなるわけですね。優れた演技者にはキャラに自己同一化する才能と、自分を客観視する才能の両方が必要じゃないかと思うんですが、その距離感について津田さんはいかがですか?

津田 そこは作品ジャンルによっても変わってきますね。アニメの場合、どうしても画が芝居を規定すると言いますか。映画やドラマと違って、簡略化された口の動きに声を合わせる必要がある。その意味ではあまり感情に流されず、自分という乗り物を冷静に操縦する感覚が強いかもしれません。テレビ企画のノヴァクに関して言うと、扉を開けた彼の「どうもー」という第一声。このトーンですべてが決まる気がしていて。

魚豊 ああ、僕もまったく同じことを感じました。津田さんの声って、本当に独特というか。なんというか、いい意味で胡散臭い。

津田 ありがとうございます(笑)。

魚豊 たった一瞬で、人為的に胡散臭さを創り出せるのって、すごい技倆だと思うんです。あの映像で言うと「どうもー」のひと言に込められた気怠さみが、まさに伝わってきた。世界観は中世ヨーロッパ風になっていますが、最初から彼を“効率的に仕事をこなす、デキるサラリーマン”みたいなキャラ造形にしたかったので。

津田 すごくわかります。「チ。」が画期的なのは、全編を通した主人公が存在しないでしょう。根幹には天動説と地動説の対立があって。C教という宗教の支配の下、地動説という真理を求める者たちの意志がリレーのバトンみたいに時代を超えて受け継がれていく。ただ、その中でノヴァクだけ物語に通底しているというか……真理に対立する世俗的な価値観を一身に背負っている印象がありまして。彼こそが「チ。」という物語全体の柱になっている気がしました。もともと僕自身、根が悪役好きなのもあって。

魚豊 へええ。もしかして、そっちのほうが演じていて楽しいとか?

津田 ですね(笑)。ダークサイドにいる脇役ほど、芝居の自由度が高いので。逆に主人公は、物語を背負っちゃってる分、やっちゃいけないことも多くなる。魚豊先生は「チ。」で描いていて楽しいキャラクター、苦しいキャラクターってありましたか?

魚豊 僕も同じで、脇の悪役のほうが楽しかったです。現実では許されない事も、物語的な必然性があれば、フィクションの世界では描けたりするでしょう。なのでノヴァクはのびのびと描いていた覚えがあります。主人公はやっぱりどこか窮屈ですね。ちなみに津田さんは、原作マンガを読む際、キャラクターの声を意識されたりするんですか?

津田 それは少ないですね。声優の役作りにもいろいろな手法がありますが、僕はあまり音から入るタイプじゃなくて。声質とかトーンにこだわりすぎると、ある種それがスタイルになってしまい、逆に不自由さを生んでしまう気がする。むしろそのキャラクターの根幹にある何か、人間の核みたいなものを僕なりに考えて。そこから話すリズムとか、体温を導き出すイメージかな。

魚豊 じゃあ声質よりも、キャラクターの人となりを掴むことを重視する。

津田 そうですね。この仕事を長くやっていると、自分のなかにコツンと響く瞬間というのがあって。言葉ではうまく説明できないけど、そのキャラの芯の部分にコツンと当たる感覚。それを手掛かりに人物像を掘り下げていったりもします。逆に魚豊先生は、ストーリーを考えるとき何を大切にされていますか? 個人的には「チ。」の最終盤なんて、それこそ作者の手を離れ、登場人物たちが勝手に動きだすようなグルーヴを感じたんですが。

魚豊 うーん。僕のストーリーの作り方はよくも悪くも理屈っぽいというか。描き始める前から、自分の中で最低限は面白くなるという保証がほしいんですね。

津田 へええ、意外ですね。

魚豊 なので、常に「フリとオチ」という根拠を意識しつつ話を構築していく感覚が強いです。例えば「辛いものが苦手だった人が、辛いものを食べられるようになる話」には、フリとオチと、「あ、食べられるようになったんだ!」という意外性があるじゃないですか。

津田 ああ、たしかに。

魚豊 この3つの要素がきちんと揃っていれば、読者の好みや作品のレベルは別として、少なくともエンタテインメント作品として成立はしている。なので「チ。」でもこの構造を大小さまざま繰り返しつつ、全体で大きなストーリーを描いていくようにはしていました。

理屈を超えたパッションが、大事な何かを思い出させてくれた(津田)

津田 そもそも先生は、どうしてこの世界観を描こうと?

魚豊 “知性と暴力の関係性”には、学生の頃から漠然と興味があったんです。理由はわかりませんが、たぶんその構造自体がはらむダイナミズムと危うさ、相反するようで実は密接、みたいなものに惹かれていたのかなと思う。で、この1つ前に連載していた「ひゃくえむ。」という青春部活モノが完結した後、今度はもっとスリリングで射程の長い物語を描きたくなりまして。それでまず関心があった“知性と暴力”を主軸に据えることを決め、いろいろ題材をリサーチするなかで地動説と出会った。ざっくり言うとそういう流れですね。

津田 地動説を追い求める過程で、「チ。」の主人公たちはどんどんヤバイ状況に陥っていくじゃないですか。真理に近付くほどリスクが増すことはわかっているのに、でも止められない。そうやってメーターが振り切れていくドライブ感が、僕はたまらなく好きで。知ってしまった以上、先に進むしかない。こういう純粋な衝動が世界を変えてきたんだなという、美しさを感じるんです。

魚豊 ありがとうございます。そこもまさに描きたかった部分で。マンガにおける衝動って、従来エモーショナルな欲求として描かれることが多かったと思うんですよね。「君が好き」とか、「あいつに勝ちたい」とか。でも僕は、「何かを知りたい」という好奇心にも、実はそういう本能的ダイナミズムは宿っている気がして。好奇心の持つ暴力性って、「シンプルに物語として興味深くないか?」と。それもまた、自分が「チ。」を描く1つの原動力だった気がします。

津田 描かれているのは天文という自然科学の分野だけど、主人公たちは全員止むに止まれぬ衝動に突き動かされて、地動説の正しさを証明しようとするでしょう。そして死の危険をおかしてまで、星の運行を観測する。そんな理屈を超えたパッションが、読んでいて大事な何かを思い出させてくれたし。全8巻でそれを描ききった先生にも、僕は、主人公たちと同じ魂を感じるんです。

魚豊 ありがとうございます。恐縮です。うれしいです。

津田 このマンガが若い世代から熱烈に支持されていること自体、僕にとっては大きな希望ですから。本当に、幅広い方に読んでもらいたいなと!

▼プロフィール
魚豊(ウオト)
東京都出身。2018年11月、マンガアプリ・マガジンポケットにて「ひゃくえむ。」で連載デビュー。2020年に週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で「チ。-地球の運動について-」の連載を開始する。「チ。」は「マンガ大賞2021」の第2位、「次にくるマンガ大賞2021」のコミックス部門第10位、「このマンガがすごい! 2022 オトコ編」の第2位、「第26回手塚治虫文化賞」の大賞など、数々の漫画賞を受賞。シリーズ累計発行部数は250万部を突破している。また2022年6月、同作のアニメ化も発表された。

公式Twitter:@uotouoto 

津田健次郎(ツダケンジロウ)
6月11日生まれ 、大阪府出身。主なアニメの出演作は「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」(海馬瀬人役)、「ゴールデンカムイ」(尾形百之助役)、「呪術廻戦」(七海建人役)、「極主夫道」(龍役)など。また洋画吹替やナレーターなどの声優業、舞台や映像の俳優業、映像監督や作品プロデュースと幅広く活動している。

公式サイト:https://tsudaken.jp/
Twitter :@tsuda_ken
公式Instagram:@2_da_ken 

魚豊「チ。-地球の運動について-(8)」小学館
税込715円
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4098613174/

魚豊「チ。-地球の運動について-(1)」
小学館
税込650円
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4098607786/

「チ。ー地球の運動についてー」魚豊 | ビッグコミックBROS.NET(ビッグコミックブロス)
https://bigcomicbros.net/work/35171/

取材協力/コミックナタリー 取材・文/大谷隆之 撮影/斎藤大嗣