『もう二度と食べることのない果実の味を』第10話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

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『もう二度と食べることのない果実の味を』第10話


もう二度と食べることのない果実の味を

 後片付けのあと、真帆と瑞枝と三人で、銭湯に行くことになった。ほんとうは行きたくなかったけれど、母から「久しぶりなんだからゆっくり話しておいで」とバスタオルと着替えを押しつけられ、しぶしぶ従った。

 数年ぶりに訪れた銭湯の建物は、あいかわらず古びていた。煙突がないのは、温泉の湯をつかっているからだ。磨硝子の引き戸をあけて履物を木製の靴箱に入れ、番台でお金を払う。「女湯」の暖簾をくぐると、地元のおばあさんが数人、体を拭いていた。

 姉は籠に荷物を入れると、するすると服を脱ぎはじめた。上質な布地のしたから、まるでくだものの皮をむいたように、みずみずしい白い肌があらわれる。肥っても痩せてもいない、バランスのとれた体形だ。真帆もためらいなくブラウスの釦を外し、あっというまに裸になった。何度か体育の着替えで見ているけれど、やっぱり細い。

 それにくらべて。自分の体を見下ろして、ため息を吐く。手足にうっすらと浮いた体毛が、やけに目についた。今夜、みんなで銭湯に行くとは思っていなかったから、処理が行き届いていない。

 もちろんくびれなんてないし、鎖骨も肋骨も浮き出ていない。ざらざらした、肌色の肉のかたまり。わたしはタオルでからだの前面を覆い、ゆううつな気分のまま浴場に足を踏み入れた。

 ミルク色の熱い湯気が、ふわりと顔にかかる。いつも最初に体を洗う瑞枝と別れ、わたしと真帆はつきあたりの大きな浴槽にむかった。

 かけ湯をしてから、ゆっくりと体を湯船に沈める。こまかな気泡で白く濁った、熱い湯。まるでなにかの怪物の体液みたいだ、とぼんやり思う。

「あー、きもちいい」と真帆がとろりと目元をゆるめた。顔をあげると、洗い場で洗髪している瑞枝の姿が目に入る。

「やっぱり瑞枝さん、かっこいいなあ。わたしも、将来は絶対あんなふうになりたい」

 真帆がうっとりと言う。

「自分で選んだ服を着て、きれいにメイクして、ちゃんと仕事する。それで、好きな人と結婚して、赤ちゃんを産むの」

「好きな人って、濱くん?」

 口にしてから、ふと思う。そういえば、真帆から直接、彼氏がいると教えてもらったことはないんだっけ。

 あわてて横をみると、真帆がじっとわたしをみつめていた。

「えっと、あの。噂で、きいただけなんだけど」

 言い訳めいたことをつけたしても、真帆は微動だにしない。又聞きしたことで、怒らせてしまったのだろうか。謝ろうと口をひらいたとき、彼女が言った。

「冴」

 色素のうすい瞳が、まっすぐわたしをみつめる。