お笑い芸人・ラフレクランの西村真二さんの“ハイスペック伝説”第3回!
いまでこそ、爽やかさが売りのひとつとなっている西村さんですが、大学生時代は、慶応のダンスサークルに所属しており、坊主頭で眉には切り込み、そしてダボダボの服……と、人に避けられるような“イカついタイプ”。
そんな格好で、アナウンススクールの門を叩いた西村さんは、「前代未聞の生徒だった」と当時を振り返り、話してくれました。
Woman Insight編集部(以下、WI) 西村さんといえば、“元アナウンサー芸人”ですが、いつぐらいからアナウンサーを志望していたのですか?
西村さん(以下、西村) 実は、あまり人前で話したことはないんですけど、親が「アナウンサーになりなさい」って言ってくれたんです。小さいころからしゃべることがめっちゃ好きで、クラスの中心的存在っていうか、授業中にふざけて先生に怒られて、立たされる……っていう子だったので(笑)。
WI 人前で話すことを臆さない……という要素はあったのですね。
西村 はい。それで僕、大学時代に芸人の相方がいて、彼に「1年だけ就職して芸人を目指そうよ」と言われて。働いてから芸人になる方もいっぱいいるし、「打算的にエピソードつくりにいこうぜ」みたいなノリで、とりあえず就職しようと(笑)。母には、芸人になることは言わずに、就職どうしようかなぁという感じで話していたら、「アナウンサーとかどうなん?」と。それで、アナウンススクールの門を叩いたわけです。ゴリッゴリのイカつい坊主頭で(笑)。
WI 坊主頭でアナウンサー志望?
西村 当時、ダンスをやってたんです。僕の人生でいちばん肩で風を切ってた時代(笑)。血気盛んで、すぐにキレてたし、調子にものってました。慶応大学のブレイクダンス最大の派閥“Revolve(リボルブ)”に所属してて、外見はヤバイし、大学の授業に出ないでクラブに行きまくってて……僕の黒歴史ですね(笑)。