あなたは「何もしない日」何をしていますか?
「何もしない」と言っても、食事をしたり、少し歩いたり、もしくはゲームをしたりSNSをチェックしたり…と「何か」はしているもの。
そんな誰かの「何もしない日」に密着した「何もしない日何してる?」連載、第1回目は都内で映像制作を行っているAさん(32歳・フリーランス)。
早速「何もしない日」の1日を覗いていきましょう。
「おとといは何もしない日だった」と彼女が思い返しながら語り出したある月曜日の話は、端から見ると盛りだくさんの1日だった。
<起床>
起床は11時になる少し前。希望としては8時半には起きて、早めに仕事を終わらせたいと彼女は言う。現に7時半から30分おきに8回のアラームをかけていたが、スヌーズが延々と鳴り響いているのにまったく起きられず、11時に設定してある最後のひとつが鳴る少し前に目を覚ました。
なぜかといえば超夜型の彼女は朝方4時近くまで作業をしていたからだ。4時に眠れば、11時起床でも7時間睡眠。まったく不思議な話ではない。
眠ってすっきりした頭で、一晩中作っていた映像を確認してから提出する。
<昼食>
30を過ぎた頃から体型が気になり出した彼女は、数十万を払ってパーソナルジムに入った。その成果は少しずつ出ているという。
ジムのトレーナーに「プロテインを摂取してほしい」と言われたことを律儀に守り、起床してすぐにプロテインジュースを飲むのが日課だ。その日はプロテインとバナナとアサイーをミキサーに入れたものを飲み、10年以上飼っている愛犬に挨拶をし、11時半からやっているニュースを見る。テレビ画面は新型コロナウィルスにまつわるニュース一色だ。
そのまま昼食として食べたのはミニカップ麺だ。
最近好んで食べているのは「うどんですかい」。
「世界初の機内専用カップ麺」として話題を呼んだ、JALが販売しているカップ麺だ。「この間ディズニーのホテルに行ったときに売っていたのが美味しかったから」と、楽天でらーめん・うどん・そば・ちゃんぽんですかいが5個ずつ計20個入ったセットを取り寄せた。
「ダイエットの意味ないなあ」と思いながら仕事のメールを返信する。
最近彼女は気持ちが落ち込みやすくなっているようで、ここから1〜2時間の記憶がない。
<占い>
過去のことや最近のこと。仕事や恋愛。
32歳の彼女を取り巻くさまざまなモヤモヤを打開すべく、その日の昼過ぎに彼女が手を出したのはチャット占いだった。
ずらりと並ぶ占い師一覧の中からタロット占いをしてくれる占い師を選び、さまざまなことを相談した。何月何日にこれをすると良いなど具体的なアドバイスもあったが、何より人と話し、聞いてもらったことでほっとしたという。
そのままもっと占いを見てみたくなり、ゲッターズ飯田のアプリをインストールして会員登録をした。「今日の占い」のようなものを見ると、要するに「今日はダメな日です」といったことが書かれていて「ああ、今日はダメな日なんだな、じゃあしょうがないな」と、前向きになった。
占いの手を借りて、「前向きに生きよう」と思った彼女は、前々から気になっていた、ある芸術大学のオンライン体験授業の予約をした。いちばん気になっていたコースはもう埋まってしまっていたので試しに油絵のコースを予約してみる。予約してからそのオンライン授業は顔出しをしなければいけないことに気づいて少々怖気付いている。
そのまま「少し仕事でもするか」と少しだけ手をつけたものの30分で集中力が切れ、愛犬におやつをあげたり、気が済むまで遊んだ。
<夕飯>
17時に夕飯作りを始める。その日のメニューはロールキャベツだ。
「鬱々とすると煮込みたくなる」と彼女は語る。「食べなきゃいけないという生存本能なのかもしれないけれど、落ち込むと煮込む料理を作りたくなる」そうだ。
母親が帰宅したタイミングで一緒に食べる。
<仕事は夜に>
お風呂に入り、20〜21時頃にふとまた仕事をする気になって、ネットフリックスで映画を見ながら朝4時まで仕事を続けた。夕方は30分で切れた集中力だが、夜はずっと切れないという。
その日観たのはおすすめに出てきた韓国ドラマ『梨泰院クラス』と、韓国映画『ビューティー・インサイド』。
作業をしながら映像を流していても内容が入ってくるのか問うと「注意力散漫だから、ひとつに集中ができない。仕事と映像のふたつがないとむしろダメ」と、独特な集中法を聞かせてくれた。この日もドラマや映画を観てボロボロ泣きながら作業をしていた。
<本当に、仕事をしない日>
一般的に「何もしない日」と聞けば、「のんびり過ごした休みの日」を想定するパターンが多いと思うが、彼女は「夜にきっちり仕事をした日」を「何もしない日」と認識していた。
もしかすると365日ずっと仕事をしているタイプなのかもしれないとふと頭によぎったが、ひとつ前の日曜日はいっさい仕事をしなかった、という。
では、その日曜に何をしていたかといえば「犬と遊んで、その後無駄に遠いところまで電車で行って、そこからひとりで歩いて帰ってきた」そうだ。
「今鬱っぽいからかもしれない。晴れている日に太陽の光を浴びて2時間くらい歩くとすっきりするから、たまに歩きたくなる。歩いていると、ちゃんとひとりになれている感じがある」と語った。
散歩のおともはふたつある。ひとつは音楽だ。
直近の散歩時で聞いていたのはエレクトロニカ系のインストゥルメンタル。そして今付き合っている恋人と一悶着あった話し合いの場となったカラオケルームで、なぜか歌って聞かされた曲だ。明らかに昔の彼女への想いが拭いきれていないことが伝わってくる歌詞に「なんで私はこれを聞かされているのか」となったものの、メロディ自体は好みで頭に残ったため「あえて聴こう」とその音楽を聴き続けた。さらにその曲を覚えるほど聴き込んだあとに、ギターで弾きながら歌ったものを録音して散歩中に聴いてみたら、その曲を彼に聴かされてモヤっとした気持ちはすっきりして昇華された。
「私なかなかうまく歌えるじゃんって、自分の声を聴きたかったんだと思う」そう彼女は語った。
もうひとつは「何かについて考えること」だ。
たとえば最近のテーマは「信頼するとはどんなことか」。そういった、哲学に近い何かを考えながら歩くことは、落ち込んでいるときであっても自分を好きになるきっかけになる。
他にも、散歩中にぱっと目に飛び込んできた人の人生背景を妄想しているうちに30分経過していたこともざらにある。
「たとえば、カートを押しながらよろよろ歩いているおばあちゃんが目に入ってきて、しばらくそのおばあちゃんの人生を考えてみて。そのカートの荷物が見えなかったから、もし実はあの中に誰かの遺骨が入っていたらどうしよう…とか、そういうありえなさそうなパターンについて考えちゃう」
この「すれ違った人で物語を作る」は、以前シナリオについて学んでいた頃に身についたクセだという。
話を聞く中で何度も彼女は「今、鬱々としている」と繰り返した。それと同時に、煮込み料理を作ること、占いでもなんでも人と話すこと、意外とうまく歌える自分の声を聴くこと、何かを考えながら歩くこと…そうやって「自分が落ち込むときに浮上するきっかけになるもの」を「何もしていない」と言いながら自然に人生に取り入れていた。
そして「何もしない日」と認識している日に、彼女は映像を創り、歌い、頭の中ですれ違った人の物語を作る。それくらい彼女にとっては「創ること」が、息をするようなことと同じなのかもしれない。