『もう二度と食べることのない果実の味を』第10話
後片付けのあと、真帆と瑞枝と三人で、銭湯に行くことになった。ほんとうは行きたくなかったけれど、母から「久しぶりなんだからゆっくり話しておいで」とバスタオルと着替えを押しつけられ、しぶしぶ従った。
数年ぶりに訪れた銭湯の建物は、あいかわらず古びていた。煙突がないのは、温泉の湯をつかっているからだ。磨硝子の引き戸をあけて履物を木製の靴箱に入れ、番台でお金を払う。「女湯」の暖簾をくぐると、地元のおばあさんが数人、体を拭いていた。
姉は籠に荷物を入れると、するすると服を脱ぎはじめた。上質な布地のしたから、まるでくだものの皮をむいたように、みずみずしい白い肌があらわれる。肥っても痩せてもいない、バランスのとれた体形だ。真帆もためらいなくブラウスの釦を外し、あっというまに裸になった。何度か体育の着替えで見ているけれど、やっぱり細い。
それにくらべて。自分の体を見下ろして、ため息を吐く。手足にうっすらと浮いた体毛が、やけに目についた。今夜、みんなで銭湯に行くとは思っていなかったから、処理が行き届いていない。
もちろんくびれなんてないし、鎖骨も肋骨も浮き出ていない。ざらざらした、肌色の肉のかたまり。わたしはタオルでからだの前面を覆い、ゆううつな気分のまま浴場に足を踏み入れた。
ミルク色の熱い湯気が、ふわりと顔にかかる。いつも最初に体を洗う瑞枝と別れ、わたしと真帆はつきあたりの大きな浴槽にむかった。
かけ湯をしてから、ゆっくりと体を湯船に沈める。こまかな気泡で白く濁った、熱い湯。まるでなにかの怪物の体液みたいだ、とぼんやり思う。
「あー、きもちいい」と真帆がとろりと目元をゆるめた。顔をあげると、洗い場で洗髪している瑞枝の姿が目に入る。
「やっぱり瑞枝さん、かっこいいなあ。わたしも、将来は絶対あんなふうになりたい」
真帆がうっとりと言う。
「自分で選んだ服を着て、きれいにメイクして、ちゃんと仕事する。それで、好きな人と結婚して、赤ちゃんを産むの」
「好きな人って、濱くん?」
口にしてから、ふと思う。そういえば、真帆から直接、彼氏がいると教えてもらったことはないんだっけ。
あわてて横をみると、真帆がじっとわたしをみつめていた。
「えっと、あの。噂で、きいただけなんだけど」
言い訳めいたことをつけたしても、真帆は微動だにしない。又聞きしたことで、怒らせてしまったのだろうか。謝ろうと口をひらいたとき、彼女が言った。
「冴」
色素のうすい瞳が、まっすぐわたしをみつめる。