『もう二度と食べることのない果実の味を』第22話
その日、授業が終わると、わたしは荷物をまとめて立ちあがった。いつもどおり時間をずらして、屋上へ向かうつもりだった。
「山下」
教室を出たとき、うしろから聞き慣れない声がした。
振り返ったわたしは、息をのんだ。
濱くんだった。
クラスの真ん中でいつも友だちに囲まれている彼とは、真帆の彼氏だということ以外、接点は何もない。もちろん、今までまともに会話したことも。
「訊きたいことがあるんだけど」
そう言い捨てると、踵を返し、さっさと歩きだした。
いったい、何の用だろう。訝しく思いながら、拒むこともできず、彼につづいて階段を降りる。
外に出た濱くんは、どうやら校舎裏に向かっているようだった。西棟の真裏に位置する空き地は疎林になっていて、虫が多いせいか、いつもほとんど人気がない。
一歩ふみだすごとに、地面に散らばった落葉がさくさくと砕ける。頭上には人間の顔よりもおおきなホオノキの葉が茂っていて、夕方の陽ざしを蜂蜜色に透かしていた。簡素な倉庫。錆びた焼却炉。おもてのグラウンドから、運動部の声が微かにきこえてくる。
濱くんは、奥へ奥へと歩いてゆく。樹々の影が深くなる。どこまで行くんだろう。怖くなったわたしは、沈黙を破った。
「訊きたいことって、何?」
彼は陰のなかで立ち止まり、こちらに振り向いた。ポケットに手を入れたまま、わたしの頭からつまさきまでじろじろと眺めまわす。まるで、とどいた品物に不備がないかたしかめるような、無遠慮で容赦のない視線。
「あのさ、山下って、土屋と付き合ってんの?」
ざわ、と全身が総毛立つ。
「……付き合ってない」
濱くんは「へえ」と口元だけで笑った。
「俺、知ってるよ。屋上の階段で、おまえらがしてること」
すうっと、顔から血の気が引いてゆく。
前触れもなく、心臓にナイフを突きたてられた気分だった。
濱くんは、どこか楽しげに喋りはじめた。
「先週、部活のやつらと筋トレできる場所を探してたとき、変な声がしてさ。気になって一人で覗きに行って、びっくりした。暗かったけど、土屋と山下の横顔が見えた気がした。やっぱ、見間違いじゃなかったんだな」
「……ほかに、見た人はいるの?」
「さあな。でも俺は、誰にも言ってない。それより、なあ山下」
つよい風が吹いて、頭上の樹々を揺らす。
影が波打ち、こまかな葉の屑く ずと埃が宙に舞いあがる。
「ほかのやつらには、黙っててやるからさ。かわりに、俺としてくれない?」