『もう二度と食べることのない果実の味を』第19話
バスが完全に停車すると、ようやく真帆は立ちあがった。
外に降りたとたん、すずしい風が頬をなでた。雑草のぽつぽつと生えた駐車場のすぐ目の前に、背の高い防波堤が連なっている。
真帆は、終点の海辺のバス停で降車した。ゆっくりした足取りで、彼女は防波堤の階段をのぼってゆく。あとにつづいて堤にあがると、白い光が目を射った。
海だった。落日のひかりに炙られて、水面が烈しく白く燃えている。鈍色の波のはざまには、鴎の群れがゆれていた。
まぢかで見るのはずいぶん久しぶりだ。昔はよく、真帆と砂浜で遊んでいたっけ。懐かしく思いながら浜へ降りると、じゃり、とスニーカーの底で音がたった。みると、足元が数センチほどの石の粒で埋めつくされていた。黒、茶褐色、ふかみどり。さまざまな色が組み合わさったモザイクを、泡立った波がおしよせては、濡らしてゆく。
すこし前を歩く真帆は、一度もこちらを振り返らない。沈黙に耐えかねて、わたしは言った。
「この町の砂浜って、こんなに石だらけだったっけ? 子どものころ、いっしょに砂遊びとかしてたよね」
「あれは南側の浜」
真帆は、振り返らないまま答えた。
「観光客の多いあっちの浜は、外国から買った砂を敷いているから白くてやわらかいんだって、前に親が言ってた。昔は、浜はどこも砂利だらけだったって」
「……そうだったんだ」
いつかの夏の午後、白い砂でたくさんの城や家をつくったことを思いだす。あのときの美しい砂は、もともとここにあったものじゃなかったんだ。
足を踏み出すたび、スニーカー越しに石の凹凸をくっきりと感じる。南の浜も、どんどん砂を掘ってゆけば、いつかこの砂利の層に辿りつくのだろうか。白砂で塗装されたこの町の、ほんとうの姿。
「ここ、前に淳生くんに連れてきてもらったの。観光客の来ない穴場なんだって」
真帆はくるりとこちらに振り向いた。斜めに射す夕陽をうけて、顔にくろぐろと影が落ちている。
わたしはおそるおそる、口をひらいた。
「もしかして、相談したいことって、濱くんのこと?」
真帆は頷いた。
「付き合って、もうすぐ半年になるの」
長いのか短いのかはかりかねて「そうなんだ」と返すと、真帆は静かにつづけた。
「去年、美化委員で知り合ったの。優しくてかっこいい人だなって思ってたら、三年生でおなじクラスになって。こっそり喜んでいたら、むこうから告白されて、すごく嬉うれしかった」
真帆自身の口から初めて聞く馴れ初めだった。
「濱くんのこと、好きなんだね」
「うん。大好き」
言葉に反して、表情は暗い。どうしたんだろうと思っていると、彼女はぽつりとこぼした。
「ねえ、冴。エッチって、しないと駄目なのかな」
「え」