色の抜けた金髪に、白い肌。丈の短いワンピースのすきまから、うす紅色の下着が花びらのように覗いている。身長はわたしとおなじくらいで、みょうにあどけない顔立ちをしている。土屋くんのお姉さんだろうか、とおもっていると、今度は右手のふすまが開いた。
お盆にコップを載せた土屋くんだった。
「あ、清史郎。おかえり」
彼の顔が、さっと青ざめる。
「なんで、美由……。仕事は?」
「今日は遅番でいいって。あと三十分くらいしたら出るよ」
彼女はまのびした声で答え、座布団の上であぐらをかいた。
「あの、お邪魔してます。土屋くんのクラスメイトの、山下冴です」
「勉強を教えてもらおうとおもって、今日来てもらったんだよ」
彼が付け足すと、美由さんは「ふうん」と珍しい植物でも見るように、わたしを眺めた。すぐに土屋くんの方に向き直り、くわえた煙草に火をつける。
「清史郎、あたし、おなかぺこぺこなんだけど」
「……電話なかったから、なにも買ってきてないよ」
「冷蔵庫になんかあるでしょ。ぱぱっとつくってよ、簡単なのでいいから」
冴ちゃんだっけ、とこちらを見やる。
「ごはん、食べてけば? 二人分も三人分も、そんなに変わんないでしょ」
「ね?」と土屋くんにほほえみかける。彼はちいさくため息を吐き、ぺたぺたと歩いてゆく。「手伝ってきます」とわたしはあわてて、彼のあとを追った。
台所は、ふたり並んで立てないほど、狭かった。
お姉さんがいたんだね。冷蔵庫から食材を取りだす土屋くんにそう言おうとすると、彼は背中を向けたまま言った。
「ごめん。今日は終日仕事だって、言ってたんだけど」
仕事? ふと、わたしは思い当たる。
「もしかしてさっきのひとが、土屋くんのお母さん?」
「そうだけど」
わたしは思わず、居間のほうを振り返った。
彼女はあぐらをかいて煙草を喫いながら、爪の先をいじっている。少女のような背格好、幼い顔、あまったるい喋りかた。うちの母とは、あまりにかけ離れている。それに。
「どうして、名前で呼んでるの?」
「そう呼んでほしいって言われてるから」
じゅっと鈍い音がひびく。
みると、土屋くんが手際よくフライパンをうごかしていた。なんだか、やけに手慣れている。
「土屋くん、料理できるんだ」
「ふだんはコンビニばっかりだけど。作れって言われたら、作る」
それより、と土屋くんはつづける。
「ごはん、どうする? 母さんはああ言ってるし、僕も別にいいけど」
一瞬、さすがに迷惑だろう、という気持ちがよぎる。けれど、せっかくの誘いを断ると、むしろ失礼になるかもしれない。
それに、と考える。土屋くんの手料理をたべる機会なんて、この先二度とないだろう。
わたしは口をひらいた。
「じゃあ、お邪魔してもいい?」
雛倉さりえ
1995年滋賀生まれ。近畿大学文芸学部卒。
早稲田大学文学研究科在学中。
第11回「女による女のためのR-18文学賞」に16歳の時に応募した『ジェリー・フィッシュ』でデビュー。のちに映画化。
最新作に『ジゼルの叫び』がある。
写真:岩倉しおり
本作はきららに連載されていた『砕けて沈む』の改題です。
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(c)Sarie Hinakura・小学館