『もう二度と食べることのない果実の味を』第17話
テレビを見ながら煙草を喫っていた美由さんは、運ばれてきた皿を見ると歓声をあげた。
「わ、炒飯じゃん。おいしそー」
いただきます、と三人で手を合わせて、それぞれの皿に手をのばす。
できたての炒飯を、こうばしい匂いの湯気といっしょにほおばる。噛みしめると、口のなかに脂のうま味がひろがった。
夢中でたべながら、土屋くんはすごいな、と素直に思った。わたしもたまに母といっしょに料理はするけれど、一人でこんなにうまくつくれない。
まっさきに食事を終えた美由さんは、煙草をくわえてライターで火をつけた。ほそい煙草をはさむ指先、かたちのいい爪に、ちいさな薔薇の花がいくつも咲いている。
視線に気づいた美由さんが、顔をあげた。
「これ、かわいいでしょ。自分で描いてるの。すっごい練習したんだよー」
自慢げに笑いながら、ふわりと烟を吐く。
正面から見た美由さんは、とてもきれいな顔立ちをしていた。伏せられた睫毛は長く、鼻筋も整っている。
ちょっと瑞枝に似ているな、とわたしは思った。でも、姉よりはるかに幼くみえる。
「ね、冴ちゃんは、どこに住んでるの?」
「山の方です。西中学校から、もうすこし下りたところ」
「へえ。あの辺って、金持ちが多いんじゃない?」
思い出したように、美由さんはけらけらと笑い声を上げた。
「金持ちといえば、きいてよ清史郎、昨日変な客が来てね──」
「美由、食べかすついてる」
「え? どこ?」
土屋くんはテーブルに手をついて、ティッシュで美由さんの唇を拭った。美由さんは、されるがままになって目を閉じている。
真逆なんだ、とわたしはおもった。この家では、親と子の関係が、ひっくりかえっている。
わたしの家では、母は母だし、父は父だ。呼び名とともに、それぞれの役割も決まっているし、そこからはみ出るような行いをすれば咎められる。
でも、土屋くんと美由さんはそうじゃない。ふたりで役をとりかえながら、互いに名前で呼びあって暮らしている。この家に漂う、どこかままごとめいた空気の理由が、なんとなく分かった気がした。
「うそ、やば。もう七時じゃん」
ふいに、美由さんが叫んだ。てばやく髪を結いあげ、ちいさな紅いバッグをひっつかんで居間を飛び出す。廊下に出ると、ミュールをつっかけた美由さんが、ふりかえってにっこり笑った。
「清史郎、台所の棚に桃あるから、ふたりでたべていいよ。あ、でもあたしの分も残しといて!」
ばたん、大きな音をたてて、ドアが閉まる。とたんに辺りは、嵐が過ぎたあとのように静まり返った。
土屋くんは疲れきったように息を吐き、それから、「桃、たべる?」と言った。
ダンボールをあけると、濃密な匂いがあふれて、空気を甘く染めた。梱包材に包まれたおおきな桃が三つ、箱いっぱいに詰められていた。かすかな産毛が、白熱灯のひかりを浴びてかがやいている。
土屋くんはあぐらをかいたまま、包丁をひたりと桃にそえた。指さきで刃を支えてすべらせると、果皮はするすると紅いらせんをえがいて、皿へと落ちてゆく。
桃をむきながら、土屋くんはぽつぽつと昔の話をしてくれた。