音が、きこえる。世界の奥底からわきあがってくる、ゆたかな水の音が。
「この三日間、一度もわたしのこと、考えなかった?」
水盤に滔々とながれこむ、透明な水の音。土の下を、凄まじい速度でゆきかう熱湯。からだのなかをながれる、血の音。流れはすこしずつ、勢いを増してゆく。
「あの高校生たちのことは? ふたりがしてたことも、思い出さなかった?」
彼は、弱々しくわたしを睨んだ。
鼻の頭に浮かんだ汗が、木洩れ日をうけてひかっている。
「……なんのこと?」
しらを切ろうとする態度に腹が立って、手首をつかんだ。そのままわたしの胸におしつけると、彼はさっと顔色を変えた。
「だから、こういうのはやめようって」
「いいから」
「でも」
「ずっと我慢してたんでしょう」
鋭く言うと、彼はびくりと肩を震わせた。
「わたしがしたいって、言ってるんだよ」
怯えきった動物のような、潤んだ目。
とどめを刺すように、わたしは言った。
「セックスしよう。土屋くん」
ぽた、と顎から汗が滴りおちる。
土屋くんは、なにかに耐えるように、唇をきつく噛んでいた。下腹に目をやると、ズボンの布地がかすかに膨れている。
「どうして」
悔しそうな、かすれた声だった。
「どうして、いつもそうやって、山下さんは」
わたしは彼のほうへ顔を寄せた。
舌先でそっと唇を舐め、言葉をうばう。
かたくとじていた肉が、すこしずつほぐれてゆく。唇をおしつけていると、やがて土屋くんは、あきらめたように力を抜いた。すかさず、舌をさしいれる。
数日ぶりのくちづけは、とろけそうなくらいきもちよかった。熱と熱が溶けあって、ふたりだけのくらやみがかたちづくられてゆく。
舌をうごかしながら目を閉じると、いつか銭湯で見た姉の白い裸体が、瞼の裏によみがえった。にきびも染みもない、なめらかな皮膚。皮下に何も隠していない、透きとおるような白い肌。まるで、天上の地維のようだった。
ひたすら上をめざしつづけ、ついに頂に到達した姉。彼女が永遠に目にすることのできない景色が、もしもあるなら。わたしは、それをみてみたい。
上ではなく、下へ。
ひかりにみちた、あかるいみどりの庭ではなく。
盲目の龍たちがむつみあう、湿った暗闇の王国へ。
土屋くんが、ゆっくりとゆびをうごかしはじめた。最初はおずおずと、しだいに激しく。痛いくらいの力で、揉みしだいてくる。
わたしたちはもつれあうように砂利の上に倒れこんだ。土屋くんが、わたしの服を大きくめくりあげる。汗で湿ったゆびさきが下着にもぐりこみ、乳首をなでた。
「ん、」
思いがけない快感に、息がこぼれた。
土屋くんが、ポケットから携帯電話を取りだした。電源を切って砂利の上に放り、眼鏡もはずす。
あどけない顔は、いま、苦しげにゆがんでいた。瞳はどろりと濁っていて、吐息は荒い。制服のカッターシャツがはだけて、鎖骨まであらわになっている。
「山下さん」
せっぱつまった声だった。てばやくベルトをはずし、わたしの手を掴んでみちびく。されるがまま、布地の隙間に指をすべりこませると、ぬち、と濡れたなにかにふれた。熱くてやわらかくて、まるで別のいきもののように脈を打っている。得体のしれない感触に、背筋がぞくりとする。
同時に、土屋くんの手が、わたしのジーンズのなかに入ってきた。下着をかきわけて、指先がゆっくりと、肉にふれる。
「すごい、ぬれてる」
おどろいたようなつぶやきに、また、じゅん、と湧く。
静かな神社に、ふたつの水音がひびく。わたしのなかからとめどなくあふれてくる、水の音。彼の性器に滲む、粘ついた水の音。
土屋くんが、堪えきれないように自分のズボンを引きずり下ろした。濃密なあまい体臭が、むっと立ち昇る。どうどうと、地響きにも似た音をたてて心臓が高鳴る。
「ほんとにいいの」
震える声に、わたしはうなずいた。