『もう二度と食べることのない果実の味を』第12話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

 音が、きこえる。世界の奥底からわきあがってくる、ゆたかな水の音が。

「この三日間、一度もわたしのこと、考えなかった?」

 水盤に滔々とながれこむ、透明な水の音。土の下を、凄まじい速度でゆきかう熱湯。からだのなかをながれる、血の音。流れはすこしずつ、勢いを増してゆく。

「あの高校生たちのことは? ふたりがしてたことも、思い出さなかった?」

 彼は、弱々しくわたしを睨んだ。
 鼻の頭に浮かんだ汗が、木洩れ日をうけてひかっている。

「……なんのこと?」

 しらを切ろうとする態度に腹が立って、手首をつかんだ。そのままわたしの胸におしつけると、彼はさっと顔色を変えた。

「だから、こういうのはやめようって」
「いいから」
「でも」
「ずっと我慢してたんでしょう」

 鋭く言うと、彼はびくりと肩を震わせた。

「わたしがしたいって、言ってるんだよ」

 怯えきった動物のような、潤んだ目。
 とどめを刺すように、わたしは言った。

「セックスしよう。土屋くん」

 ぽた、と顎から汗が滴りおちる。

 土屋くんは、なにかに耐えるように、唇をきつく噛んでいた。下腹に目をやると、ズボンの布地がかすかに膨れている。

「どうして」

 悔しそうな、かすれた声だった。

「どうして、いつもそうやって、山下さんは」

 わたしは彼のほうへ顔を寄せた。

 舌先でそっと唇を舐め、言葉をうばう。

 かたくとじていた肉が、すこしずつほぐれてゆく。唇をおしつけていると、やがて土屋くんは、あきらめたように力を抜いた。すかさず、舌をさしいれる。

 数日ぶりのくちづけは、とろけそうなくらいきもちよかった。熱と熱が溶けあって、ふたりだけのくらやみがかたちづくられてゆく。

 舌をうごかしながら目を閉じると、いつか銭湯で見た姉の白い裸体が、瞼の裏によみがえった。にきびも染みもない、なめらかな皮膚。皮下に何も隠していない、透きとおるような白い肌。まるで、天上の地維のようだった。

 ひたすら上をめざしつづけ、ついに頂に到達した姉。彼女が永遠に目にすることのできない景色が、もしもあるなら。わたしは、それをみてみたい。

 上ではなく、下へ。

 ひかりにみちた、あかるいみどりの庭ではなく。

 盲目の龍たちがむつみあう、湿った暗闇の王国へ。

 土屋くんが、ゆっくりとゆびをうごかしはじめた。最初はおずおずと、しだいに激しく。痛いくらいの力で、揉みしだいてくる。

 わたしたちはもつれあうように砂利の上に倒れこんだ。土屋くんが、わたしの服を大きくめくりあげる。汗で湿ったゆびさきが下着にもぐりこみ、乳首をなでた。

「ん、」

 思いがけない快感に、息がこぼれた。

 土屋くんが、ポケットから携帯電話を取りだした。電源を切って砂利の上に放り、眼鏡もはずす。

 あどけない顔は、いま、苦しげにゆがんでいた。瞳はどろりと濁っていて、吐息は荒い。制服のカッターシャツがはだけて、鎖骨まであらわになっている。

「山下さん」

 せっぱつまった声だった。てばやくベルトをはずし、わたしの手を掴んでみちびく。されるがまま、布地の隙間に指をすべりこませると、ぬち、と濡れたなにかにふれた。熱くてやわらかくて、まるで別のいきもののように脈を打っている。得体のしれない感触に、背筋がぞくりとする。

 同時に、土屋くんの手が、わたしのジーンズのなかに入ってきた。下着をかきわけて、指先がゆっくりと、肉にふれる。

「すごい、ぬれてる」

 おどろいたようなつぶやきに、また、じゅん、と湧く。

 静かな神社に、ふたつの水音がひびく。わたしのなかからとめどなくあふれてくる、水の音。彼の性器に滲む、粘ついた水の音。

 土屋くんが、堪えきれないように自分のズボンを引きずり下ろした。濃密なあまい体臭が、むっと立ち昇る。どうどうと、地響きにも似た音をたてて心臓が高鳴る。

「ほんとにいいの」

 震える声に、わたしはうなずいた。