彼の熱とわたしの熱がぶつかり、絡みあい、あざやかに爆ぜる。どれだけ回数をかさねても、その瞬間はいつもなまなましく、新鮮で、心地よかった。あとはふたりで、互いの舌を試すように、無心でうごかしつづける。
ふたりぶんの唾液と呼気でみちた、口腔の洞窟。そこには、志望校も、方程式も、真帆も、そしてわたし自身でさえ、存在しない。くらやみと熱だけにみたされた、地底の世界。
二回目のときのように、土屋くんがわたしの体にふれることはなかった。ましてや、押し倒すことも。わたしたちが触れあわせるのは、唇だけ。まるで餌づけされる獣のように、差しだされた互いの唇をむさぼり食べる。
行為のはじまりを合図するのはわたしの役目だったけれど、おわりを告げるのはきまって、土屋くんの方だった。暗闇の王国でゆるゆると遊んでいた彼が、あるとき何かを思いだしたようにふっと、舌を引き抜く。それで、おわりだった。
わたしたちは黙ったまま、服についた汚れを払い、立ちあがる。腕時計をみると、毎回三十分も経っていないのだった。
帰りの参道では、会話はない。土屋くんは携帯を気にして、開いたり閉じたりをなんどもくりかえしている。鳥居までくると「じゃあ」と短いことばを残して、階段をおりてゆく。どうやら彼は、階段をおりきったところにある崖下のバス停をめざしているようだった。海の方を回るバスの、停留所。
わたしは、数十分前におりてきた階段をのぼって学校にもどり、校門のバス停をめざす。
夏休み中だからか、学校から出るバスの乗客はわたしのほかにはいなかった。窓の外には、夕暮れの街の景色がひろがっている。蜂蜜色のひかりの底に沈んだ、ジオラマみたいな坂の街。とおくには、海が白くひかっている。
そういえば、わたしは土屋くんのことをほとんど知らない。どんな家に住んでいるのか。家族は何人なのか。どうしてあれほど必死に勉強しているのか。最初の日、鳴りひびいた携帯電話の相手は、だれだったのか。
疑問は、水泡のようにつぎつぎと浮かびあがっては消えてゆく。気にならないといえばうそになるけれど、わざわざ問いただそうとは思わない。彼の方だって、わたしに何も訊いてこない。無言のうちに引かれた線を、互いに律儀に守っている。
わたしたちは、恋人同士じゃない。
互いの熱をうけとめあうための、くちづけだけの関係。
まっすぐ向かいあっていても、唇をかさねても、わたしたちがみつめているのは自分自身だけ。どんなに近くにいても、互いに自分の熱しか、自分の快感しか、頭にない。
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雛倉さりえ
1995年滋賀生まれ。近畿大学文芸学部卒。
早稲田大学文学研究科在学中。
第11回「女による女のためのR-18文学賞」に16歳の時に応募した『ジェリー・フィッシュ』でデビュー。のちに映画化。
最新作に『ジゼルの叫び』がある。
写真:岩倉しおり
本作はきららに連載されていた『砕けて沈む』の改題です。
本作品はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係ありません。
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(c)Sarie Hinakura・小学館