『もう二度と食べることのない果実の味を』第7話
そうして、わたしたちの逢瀬ははじまった。
毎日夕方の五時に、鳥居のところで待ち合わせる。土屋くんは、いつもわたしより先に来ていた。
階段をおり、路地を少しすすむと、背筋を伸ばして気をつけの姿勢で立っている彼の姿が目に入る。今日の彼は、手に単語帳をもっていた。
夏休みに入ってからも、土屋くんはずっと制服を着ていた。ほかの服をもっていないのだろうか、とふしぎに思ったけれど、口に出して訊くことはしない。
「遅くなってごめん」
そう言うと、土屋くんは返事のかわりにちいさくうなずいた。ふたりで連れだって、本殿の方へ歩きだす。
「勉強してたの?」
声をかけると、彼は歩く速度をゆるめてふりかえった。
「英語、苦手で。綴りがあやふやな単語が、まだたくさんあるから」
「単語帳もいいけど、手で書くのがいちばんだと思うよ。わたしは書きながら、同時に声に出して発音もしてる」
「あ、いいかもしれない。それ」
「今晩試してみようかな」とつぶやく土屋くんの横顔を、わたしはぼんやりと眺めた。
教室の隅で一心に勉強していた姿から、他人を拒絶し、全く打ち解けようとしない男の子なのだとおもいこんでいたけれど、それはわたしの勘違いだった。ちいさいけれどよくとおる声に、しっかりした口調。彼のほうから話しかけてくることはないものの、話題をふればちゃんと答えてくれる。
鳥居から本殿までのみじかい参道を、ふたりで喋りながら歩いてゆく。内容は日によってさまざまだった。おすすめの勉強法。買ってよかった問題集。証明問題の解きかたのコツ。
共通の話題は勉強に関するものしかなかったけれど、わたしたちはなにげないふうをよそおって、他愛ない話をつづけた。まるで、これから起こることも、勉強とおなじ、日常的な行為のひとつなのだというように。
本殿の裏側、くろぐろと茂る樹々の根元までくると、わたしたちはどちらからともなく口をつぐんで、その場にしゃがみこむ。先に手をのばすのは、決まってわたしだ。土屋くんの体の端っこに、すっとふれる。
すると、彼はわたしの方にふりむいて、顔を寄せてくる。まずは、唇をふれあわせるだけのくちづけ。そこからゆるやかに、互いに舌をさしいれてゆく。