《ユニクロ》実は創業当初…セレクトショップだった!? 救世主となった有名ブランドコラボや30億円の赤字を出した黒歴史にSnow Man・佐久間大介も驚き

佐久間大介さん(Snow Man)と日村勇紀さん(バナナマン)がMCを務める『サクサクヒムヒム ☆推しの降る夜☆』(日本テレビ系・毎週土曜23時30分)。10月4日(土)に放送された回は、日本が誇る世界的カジュアル系ファッションブランド「ユニクロ」を2人が深掘り。実は創業当初…セレクトショップだった!? 有名ブランドコラボや30億円の赤字を出した黒歴史など、「ユニクロ」の秘密や歴史に2人が驚愕しました!TVerでは未公開シーンを含めた特別版が無料配信されています!

(C)日本テレビ

『サクサクヒムヒム ☆推しの降る夜☆』は、普段からあらゆることに興味津々な佐久間さんと日村さんの2人が「いま日本中で推されているモノ」がなぜ、そこまで推されているのか? 自由に調べて、聞いて、時には脱線しながら…世界中のあらゆる“推し”の魅力を学ぶ“推しトークバラエティ”。

どうしてここまで人気に? 「ユニクロ」の魅力とは――

今回深掘りするユニクロは、LINEリサーチが全国の男女を対象に昨年実施した、「一番好きなカジュアル系ファッションブランド」調査で堂々の第一位を獲得!

そして、海外のファッション商品検索エンジンではユニクロのバッグが最もホットなアイテムに選ばれ、ミレニアル世代にとってバーキンに匹敵する価値があることからミレニアル・バーキンと呼ばれるまでに!

このように、カジュアル系ファッションブランドでありながら幅広い層から支持を得て、日本のみならず世界的にも絶大な人気を誇るブランドに成長したユニクロ。しかしその裏には業界を騒然とさせた黒歴史もあったようで……。

今回は知っているようで知らない、ユニクロの人気の理由やその魅力を深掘りしました。
創業当初ユニクロはセレクトショップだった!?

推しの魅力を教えてくれるキャラクター“おしつじさん”は、“自称日本で一番ユニクロを買っている男”ことユニクロ研究家のMBさん。そして週5で着用するほどのユニクロ愛好家だという久保史緒里さん(乃木坂46)。久保さんは所持する服の半分以上はユニクロだというガチファンぶりです。

ユニクロは創業者・柳井正氏がたった一代で現在の地位まで押し上げていったのですが……。

「以前は“ダサい服=ユニクロ”なんていう時代もあったくらいなんですよ」と語る久保さん。「あったあった、言われている時!」、「昔は『お前ユニクロ着てんの?』の風潮があったんですよ」と、当時を思い出したように共感する佐久間さん。そんな佐久間さんは「僕も下着とかユニクロ!!」と話し、現在もユニクロ商品を愛用しているといいます。

日村も「あったね〜あったね〜」、「(今は)かっこいいのが、『それユニクロだったの?』って(印象が変わったって)いうことだよね」と、ユニクロのイメージの変貌ぶりに驚いていました。

1984年、カジュアル衣料品店として広島市の裏路地で産声をあげたユニクロ。実は当時の店名は『UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE』だったのだそう。

さらに以前は自社ブランドだけではなく、意外にもセレクトショップとして『NIKE』や『adidas』なども取り扱っていたのだとか。これには「えー! セレクトショップだったの?」と衝撃を受けるサクヒム。その後、徐々に自社製品の比率を高めていき、現在のオリジナル商品のみを扱う形にたどり着いたのです。

そして1998年に首都圏初の店舗を原宿にオープンさせると、同時期にユニクロの名が世に知れ渡ったある出来事が起こります。――“フリース”の発売です。

フリースは当時、アウトドアブランドの得意分野で1万円以上が相場でしたが、なんとユニクロは1900円という超低価格で売り出したのです。当時、数万枚売れればヒットといわれていたアパレル業界の中で、なんとフリースは2600万枚の販売を記録! 大ヒットどころか社会現象になったのでした。

日村さんは、「確かにあの頃、フリース欲しかったんだよね」、「しかも安いっていうのが出たっていうのは革命だったもんね」と当時を振り返ります。

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ポイント①【ユニクロの“ダサい”を一変させた救世主『JIL SANDER』】

ですが、ユニクロは一大ブームが巻き起こった反動に悩まされることに……。

あまりにもポピュラーになりすぎたため、「ユニバレ」(ユニクロを着てるのがバレる)という不名誉な言葉が生まれ、ユニクロを着ていると恥ずかしいというような空気感も広まってしまったのです。

なぜそんな不名誉な烙印を押されてしまったユニクロが、今の地位まで再び上り詰めたのでしょうか!? ファッション業界に激震が走ったある出来事がきっかけだそう。

それはラグジュアリーブランド『JIL SANDER』でおなじみのデザイナー、ジル・サンダー氏とユニクロがコラボした『+(プラス)J』というシリーズの誕生。セーターやジャケットなどの商品を販売し、空前の大ヒットとなったのだとか。

素材に対して究極のこだわりを持ち、妥協を許さないその姿勢から“鉄の女”の異名を持つジル・サンダー氏が、“量販店の象徴”だと思われていたユニクロとタッグを組んだことに、アパレル業界は騒然となったのです。

「『もしかしたらユニクロって素材すごいんじゃね!?』っていう認識になったのがこの時代なんですよ!」とMBさんの解説を聞き、佐久間さんたちはは「へぇ〜!」と目を丸くし、驚きを隠せないのでした。

ポイント②【ユニクロ史上最大の黒歴史と呼ばれた野菜事業】

“フリースフィーバー”でユニクロが湧いていた1999年。中途採用で入社し、ユニクロの新たな目玉となる新企画が求められていた柚木氏は、とんでもない企画を考えます。

それは“ユニクロで野菜を売る”というものでした。ただ、事業は始まったものの、たった1年半で野菜事業は約30億円の大赤字……!

佐久間さんは「やばすぎるだろ! 損害が!」と戦慄。日村さんは「やっぱいろいろ迷ってたんだね、ユニクロもね」と、ユニクロ史上最大の失敗に同情する表情を浮かべていました。

ポイント③【パーカやサングラスにも…ユニクロ商品のこだわりとは!?】

そんな紆余曲折あったユニクロですが、その魅力はリーズナブルさだけではありません。ユニクロは尋常ではないレベルのこだわりを持ち、ディテールまで妥協を許さない姿勢で商品開発を進めているのだといいます。

例えばパーカでは、裏側だけ素材を変えて乾きやすくするような工夫をしたり、フードを二重にし立体的なフォルムを演出したりしているそう。サングラスでは、日本人でもかっこよく着用できるように、ノーズパッドを低い位置につけるといった工夫も。他にもユニクロの商品開発には細かいこだわりやアイデアが盛り込まれているのです。

こうして現在の地位を築き上げたユニクロ。その人気を加速させたが、オリジナルの一着が作れるサービス『UTme!』です。今回サクヒムは、そんな『UTme!』を体験。お互いに写真を撮り合い、その場でオリジナルTシャツを制作して交換することに!

完成品を着て登場した瞬間、胸に大きくプリントされた互いの顔を見て大爆笑。「やっぱもう、お互いに性格出ますよね!」と佐久間さんもご満悦。

こうしてユニクロの魅力を深掘りすることで、改めて“推し”になる2人でした。

現在TVerにて地上波未公開シーンを含む特別版が無料配信されているのでチェックして。

 

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