『もう二度と食べることのない果実の味を』第11話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

「たべかじ」連載一覧

『もう二度と食べることのない果実の味を』第11話


 

 あくる日の午後。早めに勉強を切りあげて、わたしは足早に神社にむかった。いつもの路地を通り、鳥居に近づくと、見なれた制服姿があった。ほっとして、土屋くんに駆けよった。

「昨日はごめん。お姉ちゃんが、東京から帰ってきてて」

 土屋くんは小さくうなずき、参考書を閉じた。

 今朝早くの新幹線で、姉は都会へ戻っていった。家を出る間ぎわ、瑞枝はわたしの耳元に口を寄せた。

 ──冴。なにか悩みがあったら、いつでも連絡してね。

 うなずきながら、心の内では、連絡なんかするわけないのに、と思っていた。ただでさえ負けっぱなしなのに、これ以上、惨めな姿をさらしたくない。それにそもそも、姉に頼らなければならないようなシチュエーションが思い浮かばない。

 参道のつきあたり、本殿までくると、わたしたちはいつもどおり裏にまわりこんだ。樹々の根元にしゃがみこむと、咽るような土のにおいが鼻をついた。頭上では、何十匹もの蝉が鳴いている。

 むかいあった土屋くんのくちびるが、うすくひらいた。なかから、あざやかなピンク色の舌があらわれる。わたしも目をつむって、顔をよせた。口をあけて、ゆっくりと舌をのばす。

 ぴちゃ、と小さな水音をたてて、舌と舌がくっついた。その瞬間、姉のことも、勉強のことも、それまで考えていた雑多な思考が、吹き飛んでいった。生々しい舌の肉の感触で、頭がいっぱいになる。

 ふたりぶんの唾液が伝ってまざりあい、砂利に落ちた。頭をからっぽにして、ひたすら舌と舌をからませる。歯列をなぞり、根元をくすぐる。より深いところまでとどくよう、体勢を変えようと地面に膝をついたときだった。

「えーやばくない? けっこう暗いじゃん、ここ。だいじょうぶ?」

 どきん、と心臓が跳ねる。
 知らない女の声。つづけて、男の声がひびく。

「暗いからいいんだよ。いちおう昼にも見に来たけど、ここ、ぜんぜん人いないから。周りも空き家ばっかだし」

 だれか、いる。どうしよう。今すぐここから離れた方がいいのだろうか、それとも。
 焦るわたしに、土屋くんが小声でささやいた。

「とりあえず、誰がきたのか見てみないと。相手によって、どうするか決めればいい」

 言葉こそ落ち着いているものの、声はわずかにうわずっていた。姿勢を低くして、声のする方向から死角になるよう、慎重に覗き見る。

 手水舎のそばに、こちらに背を向けるようにして、制服姿の若い男女が立っていた。

「岡商の人だ」
 土屋くんがつぶやく。
 菜岡商業高校。たしか県内で、もっとも偏差値の低い学校のひとつだ。

「なんでわかるの?」
「岡商、僕の家からわりと近いから。あの制服、よく見かける」

 きゃははは、と女の高い笑い声が響いた。いつのまにか、ふたりは手水舎の前に坐りこんでいた。女の方は、片手に缶をもっている。よくみると、ビニール袋から大量の缶があふれて、参道に散らばっていた。

「たぶんあれ、お酒だよね」

 そう言うと、土屋くんはうなずいた。

「いま出て行ったら、変に絡まれるかもしれない」
「じゃあ、このまま隠れてる?」

 土屋くんはため息を吐いて、本殿に背中をむけた。これ以上、くちづけをつづける気はないみたいだ。わたしも仕方なく、膝を抱いて目を瞑った。

 

 

 どれくらいの時間が経っただろう。気づけば、男女の声が途切れていた。おそるおそる見てみると、ふたりの姿がなかった。缶の山はそのままだ。

 帰ったのだろうか、と周囲を見わたすと、いた。手水舎の陰、鳥居からみて真裏に位置する場所で、女が水盤に手をついている。そのすぐうしろに、はりつくように男が立っていて、しきりに体をうごかしていた。

 セックス、してる。