『もう二度と食べることのない果実の味を』第11話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

 わたしはおもわず、息をのんだ。知識としては授業や小説で知っているけれど、実際に目にするのは、もちろん初めてだ。男は自分の体を擦りつけるように、烈しく腰を動かしている。蝉の鳴き声にまじって、ぴたぴたと奇妙な音がひびく。

いますぐ逃げだしたかったけれど、神社を出るには参道をとおらないといけない。もし見つかったら、今までずっと隠れていたこともばれてしまう。下手をすれば、逆上して殴りかかってくるかもしれない。

 隣をみると、土屋くんは居心地悪そうに黙ったまま、ふたりのいる方を見ていた。

「どうする?」

 訊ねると、彼は眉を寄せたまま「終わるまで、待つしかない」と言った。

 樹々のすきまから射す陽ざしが、じりじりと傾いでゆく。男は、いつのまにか女のスカートを膝のあたりまで引きずり下ろしていた。あ、あっ、あ、とこきざみにひびく女の喘ぎ声が、蝉しぐれに溶けてゆく。

 目を逸らすかわりに、わたしは瞼を下ろした。とたんに、空間を飛びかうあらゆる音が、闇のなかで輪郭をもちはじめる。樹冠から降りしきる、蝉の鳴き声。肌と肌のぶつかる、にぶい音。粘液と肌がこすれあうときの、かすかな水音。紅白二匹の龍の牙からあふれしたたる、流水の音。そして、隣の土屋くんの、鼓動の音。

 まなうらのくらやみに、模型のような心臓がふたつ、あざやかに浮かびあがった。鼓動のたびに臓器の端々から紅い糸がのび、絡みあいながらするすると広がってゆく。こまかな管の一本一本は、やがて微細な河となり、みるまに勢いをましてゆく。

 この感覚を、わたしは知っている。

 河をながれる血は、熱をおびて湯となる。奔流はいつしか龍に転じ、地下深くから地表へむかってせりあがり、やがて、宙にむかって高くほとばしる。猛り狂う欲望が、快楽が、辺りをめちゃくちゃになぎたおし、街を、わたしを、世界を、壊し尽くす──。

「あ」

 土屋くんがちいさく叫ぶ。

「終わったみたい」

 はっと目をあけると、男女はすでに制服を着ていた。参道に散らばる缶はそのままに、鳥居にむかってもつれあうように歩いてゆく。

 夕陽はほとんど色を失って、辺りをうすあおく浸していた。女の喘ぎが、男の熱が、まだ宙に漂っているようだった。ながい夢をみたあとのように、頭の芯がぼんやりしている。

 ふたりの姿が完全に消えるのを見届けてから、土屋くんはバッグを手に立ちあがった。わたしは慌ててリュックをせおい、彼を追いかけた。

 参道には、大量の缶がのこされていた。よこだおしになった缶からは、尿のような色をした液体が、白い道に流れでている。

 汚れた参道を歩いてゆくうちに、さっきまでの昂揚が、嘘みたいに冷めていった。かわりに、暗澹とした気分がひたひたと充ちてくる。

 

 あの光景はきっと、わたしたちの、なれのはてだった。

 

 最底辺の高校の制服。まぐわうふたり。勉強をおろそかにして、不健全な遊びに耽ふけりつづけたわたしたちの、末路。背筋がぞくりと冷たくなる。

 土屋くんが立ち止まって、こちらにふりかえった。

「山下さん」
「何?」
「会うの、もうやめよう」

 わたしはおどろいて、ちいさく息をのんだ。土屋くんも、おなじことを考えていたんだ。

 彼は前にむきなおり、どんどん参道を歩いてゆく。鳥居のところで追いつくと、彼はほんの一瞬わたしをみて、それからいつものように「じゃあ」とつぶやいた。

 あっけなく遠のいてゆく背中を、わたしはぼんやりと見おくった。しゃがみつづけていたせいか、つまさきが痺れてじんじんと疼く。

 そうだ。きっと、この辺りでやめておくのが、正解だ。このままじゃ、いつか遊びでは済まなくなる。彼は、いつだって正しい。

 でも、とわたしは思う。
 ほんとうに、これでおわりなんだろうか。

 いつのまにか、つよい風がふきはじめていた。背後で、空缶の倒れるうつろな音がひびく。頭上の樹々がざわめいて、落ち葉の影が舞う。鉛いろの空の下で、わたしはひとり立ち尽くした。

 

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雛倉さりえ

1995年滋賀生まれ。近畿大学文芸学部卒。
早稲田大学文学研究科在学中。
第11回「女による女のためのR-18文学賞」に16歳の時に応募した『ジェリー・フィッシュ』でデビュー。のちに映画化。
最新作に『ジゼルの叫び』がある。

 

写真:岩倉しおり

本作はきららに連載されていた『砕けて沈む』の改題です。
本作品はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係ありません。
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(c)Sarie Hinakura・小学館

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