『もう二度と食べることのない果実の味を』第17話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

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『もう二度と食べることのない果実の味を』第17話


もう二度と食べることのない果実の味を

 テレビを見ながら煙草を喫っていた美由さんは、運ばれてきた皿を見ると歓声をあげた。

「わ、炒飯じゃん。おいしそー」

 いただきます、と三人で手を合わせて、それぞれの皿に手をのばす。

 できたての炒飯を、こうばしい匂いの湯気といっしょにほおばる。噛みしめると、口のなかに脂のうま味がひろがった。

 夢中でたべながら、土屋くんはすごいな、と素直に思った。わたしもたまに母といっしょに料理はするけれど、一人でこんなにうまくつくれない。

 まっさきに食事を終えた美由さんは、煙草をくわえてライターで火をつけた。ほそい煙草をはさむ指先、かたちのいい爪に、ちいさな薔薇の花がいくつも咲いている。

 視線に気づいた美由さんが、顔をあげた。

「これ、かわいいでしょ。自分で描いてるの。すっごい練習したんだよー」

 自慢げに笑いながら、ふわりと烟を吐く。

 正面から見た美由さんは、とてもきれいな顔立ちをしていた。伏せられた睫毛は長く、鼻筋も整っている。

 ちょっと瑞枝に似ているな、とわたしは思った。でも、姉よりはるかに幼くみえる。

「ね、冴ちゃんは、どこに住んでるの?」
「山の方です。西中学校から、もうすこし下りたところ」
「へえ。あの辺って、金持ちが多いんじゃない?」

 思い出したように、美由さんはけらけらと笑い声を上げた。

「金持ちといえば、きいてよ清史郎、昨日変な客が来てね──」
「美由、食べかすついてる」
「え? どこ?」

 土屋くんはテーブルに手をついて、ティッシュで美由さんの唇を拭った。美由さんは、されるがままになって目を閉じている。

 真逆なんだ、とわたしはおもった。この家では、親と子の関係が、ひっくりかえっている。

 わたしの家では、母は母だし、父は父だ。呼び名とともに、それぞれの役割も決まっているし、そこからはみ出るような行いをすれば咎められる。

 でも、土屋くんと美由さんはそうじゃない。ふたりで役をとりかえながら、互いに名前で呼びあって暮らしている。この家に漂う、どこかままごとめいた空気の理由が、なんとなく分かった気がした。

「うそ、やば。もう七時じゃん」

 ふいに、美由さんが叫んだ。てばやく髪を結いあげ、ちいさな紅いバッグをひっつかんで居間を飛び出す。廊下に出ると、ミュールをつっかけた美由さんが、ふりかえってにっこり笑った。

「清史郎、台所の棚に桃あるから、ふたりでたべていいよ。あ、でもあたしの分も残しといて!」

 ばたん、大きな音をたてて、ドアが閉まる。とたんに辺りは、嵐が過ぎたあとのように静まり返った。

 土屋くんは疲れきったように息を吐き、それから、「桃、たべる?」と言った。

 

 

 ダンボールをあけると、濃密な匂いがあふれて、空気を甘く染めた。梱包材に包まれたおおきな桃が三つ、箱いっぱいに詰められていた。かすかな産毛が、白熱灯のひかりを浴びてかがやいている。

 土屋くんはあぐらをかいたまま、包丁をひたりと桃にそえた。指さきで刃を支えてすべらせると、果皮はするすると紅いらせんをえがいて、皿へと落ちてゆく。

 桃をむきながら、土屋くんはぽつぽつと昔の話をしてくれた。