『瑞枝さん! 会いたい! てか、ごはんいいの? 邪魔じゃない?』
『邪魔じゃないよ。お母さんも言ってたし』
『ほんとに? じゃあ五時くらいに冴の家いくね。ありがと~』
メッセージを確認してから、わたしはアプリを閉じた。つづけて、ふだんはほとんど使わないメールボックスをひらく。新規作成をタップして、『今日は行けない』とだけ文字を打った。アドレスブックから土屋くんの名前を選んで、送信する。
土屋くんは、メッセージアプリを使っていない。旧式のEメールを使わないと、彼と連絡を取れないのだ。アドレスを交換したのは、つい先日のことだった。「念のためにID交換しとこうよ」と言うと、土屋くんは例のぶ厚い携帯電話をとりだした。彼が言うには、インターネットにつなぐことはできず、だから当然アプリも使えない。そもそも携帯自体、電話とメール機能しか搭載されていないらしい。
「え、ネットできないの? 不便じゃない?」
びっくりして訊ねると、土屋くんは首をかしげた。
「別に。使わないから」
勉強していないあいだ、家でどんなふうに過ごしているんだろう。気になったけれど口には出さず、淡々とアドレスを交換した。
ぽろん、と電子音がひびいた。土屋くんからのメールだ。
『また明日』
真っ白なスペースに入力された黒い文字が、目に飛びこんでくる。
そっか。今日は、彼とキスできないんだ。自分で送ったくせに、失望がゆるくこみあげてくる。
「真帆ちゃん、どうだった?」
「五時に来るって。わたし、今日は家で勉強する」
時間を置きすぎたのか、トースターから取りだした食パンは、耳のあたりがまっくろに焦げていた。ため息を吐いて齧ると、焦げた苦味が口にひろがった。
★次回 第9話はこちら
雛倉さりえ
1995年滋賀生まれ。近畿大学文芸学部卒。
早稲田大学文学研究科在学中。
第11回「女による女のためのR-18文学賞」に16歳の時に応募した『ジェリー・フィッシュ』でデビュー。のちに映画化。
最新作に『ジゼルの叫び』がある。
写真:岩倉しおり
本作はきららに連載されていた『砕けて沈む』の改題です。
本作品はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係ありません。
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(c)Sarie Hinakura・小学館