お笑い芸人・ラフレクランの西村真二さんの“ハイスペック伝説”第4回目!
己のスタイルを貫いていた西村さんも、変わっていく周囲に、さすがに危機感を覚えたそう。そして、そこから怒涛の快進撃をみせます。ところが、フジテレビのアナウンサー最終試験で、思わぬ“失態”を……。それを機に、内面にも少しずつ変化があったようです。
Woman Insight編集部(以下、WI) やる気をまったく見せていなかった西村さんが実際にアナウンサーになったということは、真剣にアナウンサーになろうと思って切り替えた時期があるわけですよね?
西村さん(以下、西村) 慶応義塾大学って、“サラリーマン養成大学”みたいな部分があって、就職活動を怠るやつは「悪」とされるんです。OB面接で100人に会うなんて普通だし、僕みたいな不真面目なやつでも、30~40人のOBには会いますからね。周りがそうやって動き出してリクルートスーツ着てるのを見て、ダボダボの服を着てる自分が「浮いてきた」って感じたんです。
WI なるほど。周囲の変化を見て、自分も変わらなければと思ったんですね。
西村 さすがに僕の短いアンテナでも、それはキャッチできました(笑)。髪を伸ばして、眉毛も生やしはじめて、言葉遣いも「俺」というのを止めて、広島弁も標準語に直しました。それが、大学3年の頭。いまのような仕上がりになったのは、就職3か月前ぐらいですね。それで先生も「ようやく戦えるな」と。そこでやっとスタートラインに立てたわけです(笑)。
WI 気持ちを切り替えてからは、アナウンサーへの道は順調でしたか? とはいえ、かなり狭き門だと思いますけど。
西村 僕、いちばん最初に受けたフジテレビのアナウンサー入社試験で、最終試験まで残ったんですよ。「やっぱいけるな、俺」って。見た目が変わっても中身はまったく変わってなかったんですよ、僕(笑)。