音楽を楽しむのに欠かせないものといえば「MV」! YouTubeをなんとなく見ているうちに素敵なMVを見つけてそこからハマったり、ふと友達に勧められて見てみたものを何度も再生してしまったり…。
好きなアイドルやアーティストの新曲発表タイミングでも、ティザー映像が発表され、期待が高まって…いざMVが解禁された瞬間のあの高揚感ったら、推し活の醍醐味のひとつです!と思っている人も多いはず。
ところで。「MV」って、いつのまにか当たり前のように「MV」と呼ぶようになったけれど、10年ちょっと前くらいって「PV」と呼んでいませんでした? 「PV」と「MV」って何か違うの? どうしてそう呼ぶようになったの…? などなど「MV」にまつわる意外と知らないアレコレを、国内のメジャーアーティストのMVを数多く手がける株式会社EPOCHの代表、石澤秀次郎さんにうかがいました。
◆「MV」と「PV」ってそもそも同じものなんですか? 違うものですか?
同じものだと思われがちですが、実は違います。
PV(Promotion Video)は「音楽をプロモーションするための映像」、MV(Music Video)は「音楽と映像が一体になった作品」を指します。
◆意外と知らない、「PV」と「MV」の歴史
以前「PV」という呼ばれ方が主流だった頃は、実は今ほど映像自体がコンテンツになっていない時代。どちらかといえば、PVは「CDTVなどの、音楽番組のCD売上ランキングなどで流すため」など、アーティストさんの存在自体を宣伝するためにある、まさに「プロモーションのための映像」という意味合いが強い時期でした。
とはいえ、その時代でも映像作品を制作していた方もたくさんいらっしゃいます。
1990年代の後半は、楽曲制作の際にきちんと映像を撮る人とそうではない人で分かれていましたが、その時代から浜崎あゆみさんや宇多田ヒカルさんなどは素晴らしいMVを制作していました。
2000年代に入ってからどんどん映像を作ることが本格化していき、徐々に「PV」から「MV」という言葉を使うことが増えていきました。ほぼ完全に「MV」という呼び方に移行したのは、2013年頃にYouTubeが定着した頃から。2014年は「動画元年」と呼ばれていて、このくらいからそれぞれのアーティストさんがYouTubeでチャンネルを持ち、MVをアップするのが当たり前になりました。その前から、MTVが主催する「Video Music Award」というミュージックビデオの祭典はあったものの、スカパー!やケーブルテレビを登録しないと見られず、今ほど一般的にMVにたくさんふれる機会はありませんでした。
2022年の今では「映像ありきの音楽」という方もたくさんいらっしゃいます。たとえばYOASOBIさんなどは、楽曲を作る段階で「どういう映像にしたいか」と、映像も含めて世界観を作り上げています。映画では、すでに映像ありきで一緒に音楽を作る「劇伴」が当たり前になっていますが、それがどんどん音楽の世界でも取り入れる方が増えてきています。
以前は「楽曲を最初に聴くのはCDで、CDが発売されてからプロモーションビデオが出る」でしたが、ティザー映像などを出しながら盛り上げて、今は「楽曲を最初に聴くのは、MV」になるほど、映像が重要な時代になっています。
◆MVが本格化した理由
制作側の細かい話で言えば、以前、映像撮影はフィルムでしたし、編集もかなり専門的な技能や機材が必要でした。でも、どんどん技術の進歩が進み、デジタルで撮影できるようになった上に、誰もが持っているパソコンで映像編集ができるようになりました。僕自身も、2000年前後には自分たちで映像を撮影して編集できるようになったと記憶しています。
2006〜2008年頃に大流行した「ニコニコ動画」も、グッと映像が身近になる一因でした。初音ミクの流行で「DTM(デスクトップミュージック)」と呼ばれる、パソコンを使用した音楽制作が一般的になり、それに合わせてMVをみんなで作る時代になりました。
最近ではさらに技術が進化して、20〜30万円あればきれいな映像が撮れるようになっています。コロナ禍をきっかけにライブを配信で行うアーティストさんが増えたこともあり、音楽と映像の関係はますます密になっていくと思います。
さらにいえば、そこからさらに「世界観」を打ち出す方が増えています。曲だけではなく、映像、ファッションなどをすべて含めて、ひとつのストーリーとして映画や小説のように見せていく。YOASOBI・ヨルシカ・ずっと真夜中でいいのに。の「夜」がつく3アーティストが象徴的存在ですね。
さらに、先ほどもお話に出てきましたが、YouTubeの存在は欠かせません。再生数によって収益が入るので、たくさん見てもらえれば収入の柱にもなります。
◆実は「MV」にも流行がある
ひとくちに「MV」と言ってもさまざまな種類があります。
アーティストの方ご本人が映像に出演する正統派のもの。歌詞を理解してもらうためのリリックビデオ。アニメーションやCGなどを使いながら世界観を見せるものや、近年流行しているダンスを中心に見せるダンスビデオ。それらすべてを「MV」と呼びます。
MVにはある程度流行のようなものがあり、以前は「アーティスト本人の魅力に迫るもの」が非常に多かった時期がありました。
でも、特にコロナ禍のあたりから、CGやアニメ、他の俳優さんをキャスティングしたドラマ仕立てなど「アーティスト本人が出ない」ものがどんどん増えています。
◆ちなみに「ディレクター」「プロデューサー」って何が違うのか知ってる?
MVの世界において「ディレクター=映像監督」です。
CMの場合は、プランナーの方が別にいて、プランナーが企画を考えますし、映画の場合は、原作があったり、脚本家が入っていたりすることが多いです。でも、MVはディレクターがゼロから作る場合も多く、企画、演出、コンテなどをすべて担当。MVにおけるディレクターは非常に多くの役目をひとりで担っています。具体的な仕事内容を挙げてみますね。
・アーティスト側からあがってきた楽曲や、「こういうシチュエーションにしたい」という企画の種をチェックして、企画を考える
・撮影のシチュエーションを決める
・カメラマンや美術を誰にするか決める
・絵コンテを描く
・もしドラマ仕立てにするなら、脚本を書く
・撮影現場で、演技指導をする
・7割くらいの方は映像編集も自分で行う
・ときにはCGや合成まで行う
など、求められる技術は驚くほど多岐に渡ります。ひとつのMVが出来上がるまで、だいたい平均して2か月。ディレクターはその間、最初から最後まで、あらゆることに関わります。
一方で「プロデューサー」は、どのディレクター=映像監督にするかの選定や、やりたい企画はアーティストやレコード会社の予算にはまるのかの調整などの予算管理、最終的なクオリティチェックです。
そして各所の連絡役や現場の調整役を担う、「プロダクションマネージャー」という役割も欠かせません。ディレクターが望む映像が撮れるロケ場所を調べる、カメラマンさんに「こういった企画で、撮影期間は2日なのですが、どういう機材を入れたらいいですかね?」といったことを予算の範囲内でできるかを確認します。そのプロダクションマネージャーが調整したことが、きちんとしたクオリティになるかどうかを管理するのがプロデューサーです。
「プロデューサーとディレクターはどちらが偉いの?」ともし聞かれても、MVの現場では役割が異なるため「それぞれの役割を、それぞれが全うしている」としか言えません。MVという作品は、プロデューサーやディレクター、プロダクションマネージャー、カメラマン、美術、ヘアメイク、スタイリストなど、あらゆる制作スタッフが一丸となり、撮影に臨み、魂を込めて作り上げています。アーティストは、ある曲がヒットになれば、それをきっかけに人生が変わりかねません。そんな「誰かの人生が変わる」きっかけになり得る映像…それがMVです。
MVの歴史を振り返って、「PV」と呼ばれることが多かった時代の映像を見かけると、確かに今の「MV」とは性質が異なるものが多いもの。長年活躍しているアーティストの過去の映像を見てみると、新たな発見があるかも。そして、多くの人が想いを込めて作りあげる中で、どんどん進化を遂げていく「MV」。5年経ったらまたまったく違う流行が生まれているかもしれません。その頃、好きなアーティストはいったいどんなMVや世界観を見せてくれるんだろう…?と想像してみると、私たちのワクワクは止まりません♡
石澤 秀次郎さん
株式会社EPOCH 代表取締役。オンワード樫山、ソニックジャムを経て、2013年9月にクリエイティブエージェンシーEPOCHを設立。2019年11月には新会社TIME MACHINEも立ち上げ、代表取締役社長・CEOに就任。日程調整サービス「Schecon」の開発、運営も行っている。