『もう二度と食べることのない果実の味を』第18話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

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『もう二度と食べることのない果実の味を』第18話


もう二度と食べることのない果実の味を

 バスが校舎に着いたのは、午前九時五分前だった。

 新学期初日から遅刻なんてありえない。バスから降りたわたしは校門に駆けこんだ。下足場でてばやく靴を履き替え、息を切らして教室のドアをあける。

 とたんに、にぎやかな喧騒が耳に飛びこんできた。先生はまだ来ていないようだ。ほっと安堵したとき、「なにそれ、やばすぎ」と笑い声が起こった。

「裕也の腕、まっ黒じゃん。ほら、わたしと較べてみて」
「毎日部活で走ってたから。あと、佐藤が白すぎなんだよ」
「うわ、それセクハラじゃね?」

 佐藤さん、村西さん、新野さん。そして、真帆。いつもの顔ぶれが、いつものようにはしゃいでいる。彼女たちをとりまく男子たちは、たしかにこれでもかというくらい日焼けしていた。白いカッターシャツと小麦色の肌のすこやかなコントラストが、目に眩しい。

 休み明けのせいか、教室全体がなんとなく浮き足立っている。通路を歩きながら、わたしは右端の席をちらりと盗み見た。椅子は空いているけれど、荷物はすでに置いてある。夏のあいだに見慣れた、彼のバッグ。

 速まる鼓動をおさえながら自分の席にリュックをおろすと、隣で本を読んでいた由佳子が「冴、おはよ。久しぶり」と笑った。

「久しぶり。由佳子、元気だった?」
「げんきだよ。ていうか、今日遅かったね」
「寝坊したの。目覚まし、セットし忘れてて」
「夏休み明けだもんねー」

 他愛ないお喋りをしていると、教室の前方のドアが開いた。

 入ってきたのは、土屋くんだった。どくん、と心臓が波打つ。うつむき気味に、まっすぐ歩いてゆく横顔から、目が離せない。

 あかるい朝のひかりがふりそそぐ窓際の席に、土屋くんは腰を下ろした。ざわめく喧騒のなか、彼の姿だけがぼうっと浮きあがって見える。

 始業式のあいだも、わたしは視界の隅で土屋くんをとらえつづけた。まっすぐ並んだ列から、彼の体の断片が、ときおり垣間見える。

 あの黒髪。あの首筋。あの背中。すべて、わたしはふれたことがある。

 ゆっくりと、昏い昂奮が湧きあがってくる。

 ここにいる人たちは、わたしと土屋くんがそういう関係だなんて、夢にも思っていない。わたしの、わたしたちだけの、ひみつ。

 今すぐ駆けよって彼を抱きしめ、いつものように舌を絡ませたら、みんなどんな顔をするだろう。教室へ戻る途中で、そんなことを考えていると、うしろから由佳子に肩を叩かれた。