『もう二度と食べることのない果実の味を』第18話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

「校長の話、長かったね」

 上の空のまま、「そうだね」と返すと、彼女はだるそうにつづける。

「登校中に暗記したこと、全部ふっとんだよ。先にテストからやってくれればいいのにね」

 そうだった、とわたしは思い出す。今日はこれから、夏休みの成果をたしかめるための実力テストが行われる。

 教室に戻ると、さっそく問題用紙が配られた。うしろの席の子に回してから前に向きなおると、教室の前方に土屋くんの黒い頭がみえた。登校してから、まだ一度もこちらに視線を向けてこない。

 彼はいま、なにを考えているんだろう。ふっとそんな考えが頭をよぎる。目の前のテストのことだろうか。それとも──。

「はじめ!」

 教師の鋭い声が、銃声のようにひびきわたった。

 

 

 

「冴、ちょっといいかな」

 声が降ってきたのは、机で荷物をまとめていたときだった。
 実力テストは、思っていた以上に難しかった。得意科目の英語も、今回はあまり自信がない。ゆううつな気分で帰り支度をしていたところに、真帆に声をかけられたのだった。

「今日これから、なにか予定ある?」

 真帆と話すのは、夏休みに瑞枝が帰省していたとき以来だ。

「とくにないよ」と返すと、真帆はおだやかな、けれど有無を言わさない口調で言った。

「話したいことがあって。付き合ってくれない?」

 気圧されてうなずくと、彼女はほっとしたように笑った。

「じゃあ行こっか」と促され、並んで教室を出る。一体、なんだろう。歩きながらわたしは考えた。夏休み、銭湯で言いかけた「相談」の件だろうか。

 靴を履き替えて校門の外に出ると、真帆は停留所の列に並んだ。バスはほどなくして、坂道のむこうからあらわれた。定期券をかざして乗りこみ、後方の席に並んで腰をおろす。

「冴、なんか雰囲気変わったよね」

 バスが走り出してしばらくすると、真帆がぽつりと言った。

「顔つきがしっかりしたっていうか。大人っぽくなった」

 白い手がするりとのびてきて、頬にふれる。

「肌も、きれいになったよね。何か使ってる?」
「ううん、特には……」

 急に距離を縮めてきた真帆に、わたしは内心おどろいていた。まるで、子どもの頃に戻ったみたいだ。ふたりで手をつなぎ、夢中になって町じゅうで遊びまわっていたあの頃に。

 真帆はおだやかに微笑みながら、こちらをみている。なんだか怖くなって、わたしはそっと窓の外へ視線を移した。

 

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『たべかじ』連載一覧

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雛倉さりえ

1995年滋賀生まれ。近畿大学文芸学部卒。
早稲田大学文学研究科在学中。
第11回「女による女のためのR-18文学賞」に16歳の時に応募した『ジェリー・フィッシュ』でデビュー。のちに映画化。
最新作に『ジゼルの叫び』がある。

 

写真:岩倉しおり

本作はきららに連載されていた『砕けて沈む』の改題です。
本作品はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係ありません。
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(c)Sarie Hinakura・小学館

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