【期間限定公開】『もう二度と食べることのない果実の味を』第25話

17歳で「女による女のためのR-18文学賞」で鮮烈なデビューを飾った作家・雛倉さりえさんの最新作『もう二度と食べることのない果実の味を』(通称:たべかじ)が4月16日に刊行されました。CanCam.jpでは大型試し読み連載を配信。危険な遊びへ身を投じたふたりの運命、そして待ち受ける結末とは……。

*第23話~28話(最終話)は、掲載日から2019年5月14日(火)までの期間限定公開です。

「たべかじ」連載一覧

【期間限定公開】『もう二度と食べることのない果実の味を』第25話


もう二度と食べることのない果実の味を

 放課後までベッドに横たわっていたけれど、結局、一睡もできなかった。
「家に電話して迎えに来てもらう?」と先生に訊ねられたけれど、わたしは首を横に振った。父のことで頭を痛めている母に、これ以上余計な心配はかけたくない。

 暗然とした思いで教室の扉をあけると、クラスメイトたちのいなくなった教室に、ぽつんと一人、誰かが坐っていた。

 土屋くんだった。どきりと心臓が跳ねる。もしかして、わたしを待っていてくれたんだろうか。

「山下さん」

 わたしに気づくと、彼はノートから顔をあげた。

「体調、大丈夫?」

 土屋くんの声をきいたとたん、ふいに泣きそうになった。

 ──やっぱり、今日はやめておこう。

 いつかの彼の声がよみがえる。

 コンドームを買えなかった、あの夏の日。あのとき強引に土屋くんを誘ったのは、わたしの方だ。いまさら彼にすがる権利なんて、ないかもしれない。

 でも。ひとりで抱えこんでいても、現実は変わらない。

 聡い彼なら、もしかしたらなにか良い案をいっしょに考えてくれるかもしれない。

 口をひらきかけると同時に、彼が言った。

「母さんも昨日、店で風邪もらってきて。ずっと寝込んでたよ」
「えっ、大丈夫なの?」
「うん、熱はもう下がったし。でも今日は早めに帰ろうと思って」

 土屋くんは、荷物をまとめて席を立った。

「山下さんは?」
「……もうちょっとしたら、帰る」

 彼は「じゃあ、お大事に」と教室を出て行った。ひとり残されたわたしは、ふらふらと自分の席に戻った。

 そうだ。土屋くんには、土屋くんの生活がある。守らなければならない、美由さんとの暮らしが。

 ぐったりと力が抜けて、机に頬をつけた。つかい古された木製の机。床板の模様。チョークの痕がのこった黒板。窓のむこうで運動部員が楽しげに笑い、冬の夕暮れのひかりが淡々とこぼれおちている。

 世界をこわすために始めた営みは、けれど本来、つくるためのものだった。あたらしい命を、子を、世界そのものを、うみだすための行為。

 もし、ほんとうに妊娠していたとしたら。わたしの人生がこわれてしまう。いままで積み上げてきたものが、台無しになってしまう。

 こんなはずじゃなかった。

 言い訳は、けれど誰の耳にもとどかない。

 生徒たちの笑い声が、どこか遠くでひびいている。明るく朗らかな声をきいているうちに、目尻から熱い水が滲みだしてきて、わたしは目を閉じた。

 

 

 硝子のむこうを、白い影が音もなく落下してゆく。
 ちいさな生きものの死骸が、大量に降ってきているみたいだ。ベッドに横たわったまま、わたしは思う。朝からつづく大粒の牡丹雪は、夕方になってもまだ、止む気配をみせない。今夜は吹雪になるらしいと、スマートフォンの天気予報は告げている。

 十二月の末。一昨日の終業式は休んだ。「気分が悪いから」というわたしの言葉を母はすんなりのみこんで、すぐに学校に連絡を入れてくれた。いつもならしつこく具合を訊かれたり、心配されたりするのだけれど、今回はきっと、それどころじゃなかったのだと思う。

 父の働くホテルが倒産したのだ。